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第22話 延暦寺とのやりとり

「……公方様(足利義材)、そろそろ立ち直って下さいませ」


 葉室光忠が、自室で落ち込んでいるボクに苦言を呈してきた。


「うむ、そうしたいのはやまやまなのだが……」


 強訴を鎮圧してから既に五日経過している。未だに聖寿の怒りが収まっておらず、あれ以来一言も喋ってくれない。


「長く御所に引きこもられていると、『神輿を傷つけた祟りが公方様に降りかかった』と噂が立ってしまいますぞ」


「分かってはおるのだが、妹に口をきいてもらえないというのが、ここまで堪えるとは思っていなかった」


「公方様は、聖寿様を溺愛しすぎですな」


 ボク自身としても、ここまでシスコン気質だとは思っていなかった。歳が離れている妹だから可愛くて仕方ないってのを差っ引いても、全く酷い有様だ。


「このままだと都中の笑いものになる恐れもありますので、僭越ながら公方様と聖寿様の仲を取り持たせて頂きました。夕刻に聖寿様がここへお見えになると仰せです」


「おお、助かった!」


 有能な側近を置いておいて良かった。


 無条件で妹に平身低頭詫びる気満々である。将軍としてのプライド? そんなもの家族愛の前では無用ですよ。


「公方様にやる気が戻ったということで、所用を伝達致します。堀越(静岡県伊豆の国市)より文が届いたのでお受け取り下さいませ」


 堀越公方こと、足利政知まさともさんからお手紙が届いたようだ。ボクの伯父であり、清晃くんの父親である人である。享徳の乱(一四五五~一四八三年)への対処として、八代将軍足利義政伯父さんに命じられて鎌倉へ向かったのだが、何だかんだ紆余曲折あって現在は伊豆国の支配者となっている。


挿絵(By みてみん)


「伯父上は体の具合が思わしくないと聞いていたが、快方へ向かったのかな?」


「公方様に不調と思われないように、無理をしているのかもしれませぬ」


 ボクにとって、政知伯父さんは政敵の一人だ。伯父さんは息子の清晃くんを将軍にしたがっているわけだし、仕方がない話ではある。


 何度か手紙のやり取りをしているのだが、今回の手紙からもボクと仲良くする気配は全く伝わってこない。


「もう一筆、伯父上に文を送るか。心変わりしてくれると良いのだが」


「諦めてもよろしいのでは?」


「いや、できるだけ粘りたい。親族と仲違いしているのは嫌だからな」


 未来知識によると、近いうちに堀越公方の家に悲劇が訪れ、それがきっかけで北条早雲こと伊勢盛時さんが大躍進を遂げる。そうなれば、盛時さんに関東武士をお任せできるからボクは楽ができるわけなのだが、心理的に無理だった。


 結構悩んだよ、この件に関しては。従兄弟の清晃くんなんだけど、意外にもボクに懐いてくれて可愛いんだよね。政治的には堀越公方の一族に没落してもらった方がボクにとって都合が良いんだけど、あの子が悲嘆に暮れる姿は見たくない。


 情に流されたせいで将軍の地位から転げ落ちる羽目になるかもしれないけど、その時はその時だ。流れ公方になって生涯戦い続けましょう。


 こんな感じで、ボクとしては堀越公方家の惨劇は回避してあげたいと思っているのだが、残念ながら肝心の政知伯父さんがボクと手を組む気を持っていない。何とか心を開いてもらえないだろうか。


「続いて、叡山からの返答がありました。お伝え致します」


 強訴の件だろう。実は、あの時捕らえた僧兵の中に、延暦寺所属の者が三人も混ざっていたのだ。延暦寺が黒幕だと完全に確定した。


 徹底的に問いただしたいところだが、今の段階で延暦寺を追い詰めてしまうと少し困る。ここはボク側が多少折れてでも穏便に済ませておきたい。


「いやはや、叡山と揉めるようだと聖寿様の機嫌がまた悪くなりかねませんので、いささか強引に話を進めましたぞ」


「――おい、誰が強気に出ろと申した?」


 下手をすると近江遠征に支障をきたしかねない。比叡山は近江を睨む位置にあるわけだし。


 宗教勢力を抑えて収入アップを狙いたいが、連中を本気で怒らせると面倒。このさじ加減が非常に微妙なのである。


「それが面白いことに、叡山の方が頭を下げて参りましたぞ」


「あの叡山が?」


 宗教的権威を笠に着て、幕政に口を出しまくってくる延暦寺が簡単に折れてくるとは意外だ。


「権中納言(葉室光忠)、お主はどんな手を使ったのだ? 僧兵を数人捕まえただけで叡山が謝ってくるとは思えぬぞ」


「たいしたことはしておりませぬ。『座主が上洛して、公方様に弁明せよ』と伝えただけにございます。するとどうしたことか、叡山が詫びを入れて参りました」


「……えげつないことを言いおったな」


 この件に関して少し説明しよう。


 かつて六代将軍義教おじいちゃんが延暦寺と揉めた時、「決して殺したりはしないから上洛しろ」と延暦寺の使者を呼び寄せた。そして、約束を堂々と破って、使者を切り捨てるという荒技をやってのけたのだ。延暦寺は当然猛反発したが、義教おじいちゃんは意に介さずに同寺を圧迫し続けた。


 光忠が「座主が上洛して弁明しろ」と言ったのは、この事件を踏まえてのものだ。延暦寺がここで頭を下げなければ、義教おじいちゃんのように徹底的に追い込むぞと脅しているのである。


「いやはや、叡山が存外に物分かりが良くて色々と手間が省けましたぞ」


 光忠は涼しい顔だ。


 ボクが思っていたよりも彼は優秀な人材なのかもしれない。正直な話、延暦寺をこうも簡単に屈服させるなんて想定外である。義教おじいちゃんが延暦寺に強烈なトラウマを植え付けていたのも大きいのだろうが。


「権中納言よ、向こうが謝ってきたのなら、捕らえた悪僧どもの縄を解いてやれ」


「御下知の通りに致します」


「叡山との和睦に関して、これ以上は強く言わぬように。然れど侮られぬように」


「承知致しました」


 近江遠征が目前に控えているから、延暦寺に恩を売っておいて「雨降って地固まる」の関係になっておきたい。こちらに大きな不都合がない部分は全部譲歩してしまおう。


「そうそう、叡山から公方様にお届け物があります」


「殊勝な心がけである」


「銅銭三百貫文(およそ三千万円)と絹布五十疋(百反)が贈られて参りました」


「う、うむ。有り難く頂戴しよう」


 想像外の贈り物で少し動揺してしまったぞ。


 金持ちだな、延暦寺。布もすごく嬉しい。なにせ、倹約で将軍の着物すら新調していないのだ。これで新しく仕立てられる。将軍家である程度の数を使って、余った分は売ってしまおう。どんなに安く見積もっても絹布一反あたり一貫文(およそ十万円)はくだらないはずだ。


「思いも寄らぬ所で、近江攻めの用立てができたかもしれぬ」


「――公方様、戦をするのは暫し待つべきかと」


 ボクの提案に、光忠が渋い顔になった。


「何故だ? まとまった銭が手に入ったのだぞ」


「戦を起こすとなると、聖寿様の機嫌がまた悪くなるやもしれませぬ」


「あぅ……」


 絶句してしまった。


 いや、征夷大将軍たるもの、家族の気持ちに振り回されながら天下の政道を執るわけにはいかない。


「聖寿も寺に入っているとはいえ、武士の娘ぞ。きっと分かってくれる」


「ならば、公方様ご自身の言葉で説得して下さいませ」


 はい、全力で妹ちゃんのご機嫌取りをやらせて頂きます……。

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