第16話 修験道の話
本日は細川政元ちゃんと対面です。
振られた後なので気まずかったけど、主君と重臣の間柄なのだから会わないという選択肢は存在しない。
幸いなことに、政元の方がまるで何事もなかったかのように振る舞ってくれているので、ボクとしては非常に気楽だ。
分家の細川之勝くんを推して政元を追い落とすとか以前に考えていたけど、それは白紙撤回します。政元ちゃんを最推しすると変更してしまったので。これからは細川家全体を箱推しするという方針でやっていこうという所存です。
そうは言うものの、彼女はボクを嫌っているので警戒を解くわけにはいかない。とても悲しい。
政治の話があらかた片付いたので、政元に雑談を振ってみる。
「ところで、お主は女なのだが修験の修行はできるのか?」
人払いをして二人きりになっているので、彼女の性別についても口にすることが可能だ。
「愚問ですな。役行者の頃より、男女ともに一切分け隔てられずに開かれております」
役行者とは、修験道の開祖役小角のことだ。
「とはいえ、女では入れぬ山も多いだろうに。ひょっとして、男の格好で登っているのか?」
「女人結界(女人禁制)は必ず守りまする。神仏を騙すわけには参りませぬ故に」
「律儀であるな。しかし、山に入らずに修行できるのか?」
「山の下にも修行場はございまして、女子とか体が弱き者とかは、そこで修行しております。あと、女人結界ではない峰に登っての修行もございます」
「なるほど。男女の分け隔てがないと申すのも頷けるな」
修験道のことを話す政元は、普段よりも生き生きとしているように見える。やはり、趣味を語るのは、古今東西問わず誰もが楽しいのだろう。これからも修験道の話を振っていこう。
惜しむらくは、前世のボクも今世のボクも修験道についての知識をたいして持っていないということだ。これからは暇を見つけて勉強したい。
「そうだ、修験の寺をいくつか紹介して欲しい」
「構いませぬが、何故にでしょうか?」
「諸国を歩いてもらいたい」
「ほう――」
政元が目を細めた。
ボクが修験道の寺を欲しているのは、山伏を密使として使いたいからだ。この時代の聖職者は全国どこへ行っても取り調べを受けずに済む。後の戦国大名も聖職者を密使として抱えていたらしい。中でも山伏は普段から足腰を鍛えていて、歩くスピードが常人よりも速いから有用だ。
将軍家でも独自の密使を幾人か抱えているけど、情報網をもう少し広げておきたい。
「寺を紹介するのは別に差し支えありませぬが、ワシに公方様(足利義材)の動きが筒抜けになるかもしれないということは、お知りおき下さいませ。山伏の知り合いが多数おりますので、様々な噂が耳に入って参ります」
「――右京大夫(細川政元)を探ったりはせぬよ」
なんとか平静を装って返事できたぞ。心の中は冷や汗がダラダラだけど。
政元本人が修験道にどっぷり浸かっているから、山伏同士の情報ネットワークを共有しているということか。趣味と実益を兼ねているな。
京兆家に悪さをする気は本当に持っていないんだけど、情報が筒抜けなのはちょっと怖い。一応政敵同士だし。
なんとか仲良くなる方法はないかなあ。恋仲になるのがボク的にベストなんだけど、現状だとそれは無理だろう。悲しいなあ。




