第14話 金策
将軍宣下が終わったボクは、通玄寺で政務を開始した。この通玄寺は三条通りにあるので、三条御所と皆に呼ばれるようになった。
女に振られてクヨクヨしている暇なんて、将軍には与えられていない。就任早々課題が山積みである。
まずは、先代義煕くんのせいで分断されている家臣団の仲を取り持つことだ。
将軍直属の武官は奉公衆、文官は奉行衆である。
義煕くんは奉公衆ばかりを可愛がってしまい、そのせいで奉公衆と奉行衆との間で深刻な対立を引き起こしてしまっている。人が死ぬ事件が発生するくらいに揉めたんだから、少しくらい方針を改めようよ。どうして贔屓を継続するかな。
ともあれ、ボクは両者の間を取り持つ。どちらの話も聞いてあげるし、一方だけ優遇したりはしない。それでも喧嘩をするというなら、厳罰で臨むから覚悟しておけ。
次に財政問題だ。
幕府の財政は火の車。応仁の乱以前から収支が悪化していたのだが、大乱後はどうにもならないくらいになってしまっているのだ。
将軍自らが質素倹約するのは当たり前。それでも全然足りないから、新たな財源を探さなければならない。
というわけで、政所執事である伊勢貞陸くんと相談である。政所は金庫番だしね。
「最も手軽なのは、関所を立てて関銭を集めることでしょう」
貞陸くんからの提案は関所かあ。確かに手っ取り早いんだけどさ、絶対に一揆が発生するよね。応仁の乱後の復興資金集めに幕府が関所を立てた時、一揆衆に破壊されるという事件が過去に起こっているわけだし。
関所というのは、人や物の流れが停滞するし、物価が上がるしで、庶民の生活を直撃する悪影響が多い。そりゃ、織田信長が関所を廃止したら民から支持されるわけだよね。
ただ、関所を潰すなんてことができたのは織田家が他に収入源を持っていたからだ。その手法を真似るという考えもあるのだが、御用商人に特権を与えて見返りの金品を要求するという方式は後々に問題となるはずだ。できればやりたくない。
というわけで、関所に頼りましょう。民衆に怒られない形で。
「そうだな。将軍家の他は関所を立てることを禁ずるか……」
この時代、土地の有力者たちが勝手に関所を作って関銭を徴収しているのである。天下の公道で私服を肥やすなんて二十一世紀の日本では考えられない話だが、室町時代では普通のことである。京都から大坂の間だけでも三百を超える関所が待ち構えているのだ。
一応、幕府法では勝手に関所を立てるのは禁じているのだけど。
「公方様、かようなことを命じても、関所がなくなるとは思えませぬ」
だよね。貞陸くんの言う通りだ。基本的に幕府はなめられている。実際に力がないわけだから、仕方がない。違反者を罰したくとも、幕府の奉公衆の人数を踏まえると、到底手が回らない。下手したら返り討ちにされて面目を失う恐れすらある。
「そうだな。所務沙汰(土地に関する訴訟)を受け付ける際、関所を今後一切立てないと誓わせたらどうだろうか?」
室町時代の武士って、当然のように他人の土地を奪う。守護や守護代クラスの上級武士ですら、こんなお行儀悪いことを普通にやってのける。
てなわけで、幕府には土地関連の裁判が頻繁に持ち込まれる。ここで関所禁止を強要してしまえば、私関所はどんどん減っていくだろう。誓いを破るような真似をしたら、判決を無効にしてしまう。ついでに、次回以降の訴訟を受け付けなくする。
幕府の裁判を受けられないのは、しんどいぞー。権威だけならトップクラスなのだから。
私関所を減らして、代わりに幕府公認の関所を置く。幕府の関所の方が圧倒的に数が少ないのだから、庶民の負担は軽減される。損をするのは強欲な連中だけだ。
我ながら名案な気がするぞ。
「試しに山城国だけでやってみようか。上手く行くようなら畿内でも始めて、その後に諸国へ広げていく」
「かしこまりました。公方様の仰るように致します」
「次に唐土との交易なのだが――」
「難しいです」
貞陸くんにキッパリと断言されてしまった。日明貿易を実施すれば、莫大な利益があるから是非ともやりたいんだけど。
応仁の乱の後に義政伯父さんが派遣した遣明船は、明皇帝から贈られた銅銭を五万貫文(およそ五十億円)も持ち帰ってきたらしい。それに加えて貿易の儲けの一部が幕府収入になったのだから、こんな美味しい話を放っておくのはもったいない。
ちなみに、伯父さんはこの大金を京都復興に使わず、東山山荘造営に回したとか噂があるんだけど、はたして本当なのだろうか。
「唐土まで行く舟がないので新しく造ることになりますが、銭が全く足りませぬ」
「舟か……。お高いのだろうな……」
「あと、唐土とやりとりするのであるなら、大内家か細川家の助力を得なければ事は進まないかと」
「うむ、無理だな」
ボクはあっさり諦めることにした。
西国の雄、大内政弘とは上手く交渉する自信がある。昔からの顔見知りなのだから。
大内家は応仁の乱で西軍に所属していて、わざわざ山口から京都にやって来て、十年ほど在陣した。その時にボクは大内家の当主、政弘おじさんにすごくお世話になったのだ。当時はまだボクは小童だったわけだが、おじさんにとても可愛がってもらった。
この縁を頼って日明貿易のお願いをすれば、おそらくは通る。
問題は細川家の方だ。政元のボクに対する好感度はマイナスの領域に突入しているだろう。お願いが通じるとは思えない。とても辛い……。
細川家を無視して大内家だけを頼るという手段もあるが、それだと政元の面子を潰してしまう。
どうして政元のことを気遣うのか。
そりゃあ、思いっきり袖にされちゃったけど、まだ諦めたわけじゃないからだ。
ボクは諦めが悪い男なのだ。史実通りに進むと、将軍復帰のために生涯を通じて戦い続けるくらいなんだぞ。
他に実施できそうな金策は、幕府直轄地を増やして税収アップを狙うくらいかな。先々代義政伯父さんと先代義煕くんもやろうとしていたわけだし、ボクも方針を引き継いでいこう。
具体的には山城国を御料所にする。貞陸くんが守護に任命されたのは、そういう理由も含まれている。
現在進行中の国一揆を早期鎮圧することは、金銭的な面でも幕府の至上命題なのだ。
「伊勢守(伊勢貞陸)よ、一揆勢への対処はどうなっておる?」
「そ、それが、思うように進んでおらず……」
思い切り歯切れが悪くなる貞陸くん。
「急いでも仕方ない。半済で釣って、一揆衆を切り崩せ」
ここでいう半済というのは、高校日本史でお馴染みの半済令とは少々異なる。半済令とは南北朝時代に実施された、荘園領主へ納める年貢の半分を守護に与える制度である。
ここで言う半済は本来の意味である年貢の半額免除のことだ。
「半済でしたら常徳院様(足利義煕)が既に出しておりまして……」
「なんと、半済でも切り崩せぬのか?」
「一揆衆の結びつきは相当に強いようで」
「ならばもっと減免するか。六分、いや七分で」
「そこまで減らしてしまってもよろしいのでしょうか?」
「三年間と期限を設けよ。これでも一揆衆がなびかぬのなら、また新たな手を考える」
山城の国一揆の件でも政元に協力してもらうのが、一番早くて確実なんだけどね。嫌われてしまっているのだから、どうにもなりません。悲しいなあ。




