97 ガウディのパーキング・タワー
病院を出て、私は黄金町を当てもなく歩いた。
ひょっとしたら、この辺の木賃宿を泊まり歩いているのかも知れない。その辺の一杯飲み屋で、ひっくり返っているのかも知れない。
町には、昼間だというのに、赤ら顔をして、よたよた歩いている中年の男性が何人もいて、尻ポケットには一様に競馬新聞をねじりこんでいた。
裏路地には、一目でホームレスと分かる風体の老人が、しゃがんで日本酒を飲んでいた。
ただの酒屋を改造したスタンドバーには、カンカン帽をかぶり、黒いサングラスをして赤い背広を着た男が、ウイスキーグラスを片手に、首を振りながら訳の分からないジャズのようなものを歌っていた。
私は宮本が好きそうだと勝手に目星をつけたホテルやスタンドバーに何気なく入っては、宮本のことを尋ねた。
しかし、そんな行き当たりばったりの聞き込みで、成果が得られるはずはなかった。それでも動き回らずにはいられない気持ちだった。
こんどは宮本が危ない、という予感が私にはあった。
町を歩きながら、私はふと誰かが自分を見ているような気がした。
振り返り、あたりを見回した。
その気になって見れば、この町の往来にたたずむ住人は、皆、私を監視しているように思われた。私はここでは異邦人なのだった。
私は車を駐車したパーキング・タワーへと向かった。
それは時代もののパーキング・タワーで、日本最古のものではないかと思えるような、煤けた茶色の歪んだ建物だった。
ピサの斜塔ほどではないが建物は傾いており、改修に改修を重ねた床や壁は奇妙に膨らんだり凹んだりしていて、アントニオ・ガウディの建築物を思い出させた。
私は4階のパーキングエリアにある自分の車に乗りこみ、キーを回した。
迷路のような駐車場をゆっくりと走り出した。パーキング・タワーから滑り出て、国道に乗った。
白い色をした中古のニッサンが、私の後に続いて国道に乗った。
そのフロントグラスは、ギャングが乗る車のような反射ガラスだった。何者が乗っているか分からない。
私はそれを見て苦笑した。あまり上手な尾行とはいえない。
・・・・・
私は宮本が属していた劇団の稽古場のあるビルの前で停車した。
私を尾行していた白いニッサンは、止まらずにそのまま走り去った。
私はニッサンが遠く走り去るのを見送ってから車を降り、ビルの地階へと歩いて降りていった。
稽古場のドアを押してみると鍵はかかっていなかった。
がらんとした空間には、ベンチが3つ置かれてあり、その一つに、長い髪をブラウンに染めた女性がひとり座って、タバコをすっていた。
手にした芝居の台本らしきものに、目を落としていた。
彼女は緩慢なしぐさで、ドアを開けた私のほうを見た。
「どなた?」女性はいった。
「こちらの劇団のファンです。次の公演のことをうかがおうと思って、来ました」
「来週からですけど。チケット持ってますか」
そういって、上目づかいに私を見た。
・・・・・つづく