96 それはたんなる推理
藤山はうなずき、私にきいた。
「あんさんも気づいてはりましたか?」
「いいえ」私はいった。
藤山は続けた。
「その愛に、内田は気づいていた。しかし、内田は永野先生を信望し、尊敬してた。これは間違いないです。複雑や。二人の心には、何というか、ギャップがありましたな」
「そうですか」
「内田と話していて、そこまでは、何とのう、わかりました。そして、河合は内田のことも永野先生のことも憎んでたようです。
これは、捜査結果とはいえない。内田と話をしての、単なるわての推理です」
藤山の口は滑りに滑った。
「しかし、永野先生は、これまで集めた証言が正しいとするなら、河合を憎んだりはしない。むしろ救おうとするんでしょうな。
永野さんが、河合を殺すとは思えない。
・・・分からないですな。まあ、ここは永野先生は最初は内田を殺そうとしたが、何らかの事情で、河合を殺してしまった、としましょうか。
犯人が永野先生とするなら、内田は、尊敬する永野先生の罪をかぶって自分が犯人だと言い続けてると、こういうことになる」
「なるほど」
「それで、一体、永野と名乗る男は、何者か、どこにいるのか、ということになる」藤山は首をひねり、苦しそうな顔をした。
私は黙って藤山の顔を見た。
不意に、私の脳裏に、宮本のことが浮かんだ。
永野先生の「いのちの電話」をモデルにしたとしか思えない「テレフォン・ライン」という芝居のことが浮かんだ。
永野にアプローチする道は、宮本だ。しかし宮本のことを出せば、マユミが宮本に犯された事実が明るみに出る。それは依頼主であるマユミの母を裏切る結果になる。それはできない・・・
藤山の苦しそうな顔を見て、私もまた、心の中で苦しんでいた。
・・・・・・
藤山の取り調べは2時間にも及んだが、私は結局、恐喝罪には問われず、放免された。
警察を出たその足で、私は黄金町へと向かった。
私は黄金町の愛生病院を訪れた。しかし、宮本はすでに退院していた。いや、脱走したというのが真相のようだ。
病状は良くなりつつあったが、病院が許可もしていない外出をして、そのまま帰ってこなかった。
これまでの入院費はとれなかったが、病院としては、むしろ厄介払いができて、内心喜んでいるようだった。宮本が病院から消えたのは3日前のことだった。
私は失望した。
病院にきいても、勿論、行方はわからなかった。
病状が良くなったとはいっても、治ったわけではないから、また病院にかつぎこまれるでしょうよ、と看護師は唇を歪めて語った。私はもし宮本がかつぎこまれたら、連絡してくれるように病院に依頼した。
・・・・・つづく




