88 あなたは殺し屋を雇ったか
篠原は、またあきれた顔をしていった。
「警察からきかされたよ。別に興味もないんだがね。君が警察の知り合いとやらから聞いた情報ってのは、このことか。
だったら、お笑い草だ。大体、内田って奴は、もともと、こんな事件を起こすような、根の暗い、性質の悪い男だったんだろう。
だから、それを敏感に察知した連中が彼をいじめてたんだ。しかし私にいわせれば、それはいじめじゃない。
悪質な人間を社会から排除するための正当な裁きだ」
「そうでしょうか。しかし、世の中の人たちは、そうは受け取らない。正利さんのことを悪くいうに決まってますよ。あなたの名誉に傷がつきやしませんか」
「世の中の連中には、いいたいようにいわせておけばいい」
「この手の事件に巻き込まれると、思ってもみないような中傷の的にされることが、あるんです。
警察は、あなたについても色々のところで調査をしています。そこから、変な誤解が生ずることも、あるんです。
あなたの地位や名誉にとってマイナスになることが、起きないとも限らない。
自分について、何がどう調べられ、どう評価されたか、把握して、先手を打っておく必要はないでしょうか?」
篠原はきわめて不愉快な顔をして私にきいた。
「君は何がいいたいんだ?」
「いえ、気に障ったら、どうかご容赦下さい」
「もう十分に気に障っているよ」篠原はいった。
「誠に相すみません。あくまで、例えばの話なんですが、こういう事件の調査がもとで、過去に犯したつまらない過ちが明るみに出てしまうことが、あるんです。
例えば、不倫をして出来た子供がいたとか。いえ、これはあくまで例えばの話ですよ。
そういったことが、捜査の過程でどこかに洩れてしまう。つまらない中傷の種になり、大変に迷惑する。
私は職業がら、そういう方を何人も存じ上げています」
「なるほどね」篠原は、目を光らせていった。
「この事件については、私はかなりの情報を得ています。あなたを守るには、私が適任と思います」
「帰ってくれ。大変結構な忠告だが、私には君のいうような過ちはない。
仮に過ちがあったとしても、君のような実に不愉快で知能の低い探偵を雇おうとは思わん」
篠原は机の上の電話に手をのばしながらいった。
「おい、ほら、帰れ。警察を呼ぶぞ」
私はいった。「すでに、どなたかを雇用されたんでしょうか?」
「何?」
「腕のたつ探偵を、雇われたんでしょうか。心あたりが、おありですね。いや、探偵どころか、もっと過激な職業の方かもしれない。殺し屋とか…」
篠原は電話に伸ばしかけた手を止めて、私の顔を見た。私はいった。
「実は、私、殺されかけたんです。この頬の傷、もうほとんど跡もなくなりかけてますが、その時のものです。
事件の調査から手をひけ、といって、私の事務所に来ました。あなたの所をこの間たずねたすぐ後です。・・・
・・・つづく




