81 もう廃人に近い
「劇団の方ですか」
「ちがいますけど」
「どうでもいいけど、親戚の方を連れてきてもらえませんか。親御さんは、もう、無くなったそうだし、奥さんとは離婚したっていうし。入院の手続きも、ろくすっぽやってないんで、困ってるんですよ」
「はあ。宮本は、どうしてここへ…」
「この人がいたっていう劇団の稽古場で酒に酔って大暴れして、発作が出て、かつぎこまれたんですよ、救急車で。
肝臓がひどくやられてるんです。アル中ですよ。手術が必要です。いま、薬で眠ってもらってますけど、目覚めたら、禁断症状が出ます。
大暴れします。そろそろ、手足を縛らないと」
「そんなにひどいんですか」
「そうです」
看護師はぷいと横を向き、隣のベッドに行った。体の水分がすべて無くなってしまったような80歳くらいの老人が、口と目を開けたままで横たわっていた。そこで看護婦は、点滴をする準備にとりかかった。
私は看護師にきいた。
「禁断症状が出るようになったのはいつからですか」
看護師は面倒くさそうにいった。「ここ1週間」
「それまでは平気だったんですか」
「ええ。隠れてウイスキーを飲んでたからね、この人」
私は宮本の顔を見た。もう廃人に近かった。
そこへ、中年男が現われた。山瀬だった。
「やあ、久しぶりですね」山瀬は私に挨拶した。そして宮本を見て、いった。
「うわ、ますますひどいな、こりゃ。もう駄目ですね、こいつ…」
私は山瀬の通報に礼をいった。山瀬は手を振り、いった。
「いや、もっと早く連絡すればよかったですね。つい何日か前までは、こんなじゃなかったんですよ、この宮本は。
こっちが追及すると、憎まれ口をたたいたりしてたんだ。こうなっちゃ、いじめようもないね。がっかりですね。私しゃ疲れた。
どうです、茶でも飲みませんか」
私たちは病室を出て、地階にある喫茶店に行った。
病院の味気ないコーヒーを飲みながら、私たちは情報交換を始めた。
私はいった。「…宮本は、自分のマンションを借金で失ったようですね。それで失望して自棄になったんですかね」
「ああ、親のマンションですよ、あれは。あれはこいつの父さんが、うちの会社の親会社に建てさせたんだ。こいつの父さんは立派な人だったらしいですよ」
「親が亡くなって、相続したマンションを抵当に入れて、湘南銀行から借金したそうですね」
・・・・つづく




