8 こんな店やめてやる
「…。探偵さん。わあ、すごい!」
ユカリは一拍ずれたメトロノームみたいにして、答えた。ちょっと足りないのかもしれない。
「マユミさんが行方不明なんです。このお店で親しかった人のこと、あるいは店の経営側との間にあったこと、なんでも結構です、教えてくれませんか」
私はサオリとユカリの両方を交互に見て、真摯に頭を下げた。この女性二人は悪人ではないと直感し、正攻法が最も効果あると判断した。人格を賭けて、頭を下げるのが一番いい。
「ね。あたしからは、ちょっと企業秘密はいえないけど、あんたなら協力できるでしょ?」サオリはユカリにいった。
「…マユミ、どうしたんですか」
ユカリが心配そうにいった。
「もう、1か月間も行方不明なんです」
彼は顔を上げていった。
「このお店で、何かあったとしか思えない。どんな小さなことでもいいから、マユミさんについて教えてもらえませんか」
「…危ないんですか、マユミ」
「危ないかもしれない」
「…そうですか」
ユカリは少しうつむき、テーブルの表面を指でこすった。
「助けてあげて」
ユカリは、心のこもった声で、ぽつりといった。あの子は本当にいい子だったよ。
いつも私をなぐさめてくれた。助けてくれた。あたしがこの店にいられたのは、あの子のおかげだったんだ。お客もまわしてくれた。
ヘルプには、必ず私をつけてくれた。でもなんか、最後の方では、すごく元気なかった。どうしてって聞いても、教えてもらえなかった。1か月半くらい前からかなあ。
「何かきっかけが?」
私はきいた。
「客のせいだよ」
サオリがいった。ユカリはそれにうなずいた。そして、いう。
「店のほうとは、うまくいってたと、思います。でも、あのころ来ていた、お客さんが原因じゃないかって、そう、思う」
「どんなお客さんが来てたんですか」
ユカリは私の顔を見つめた。人の心の底を見透かすかのようにして、澄んだ瞳で見つめた。
「よく来てた人は何人もいるんだ」
サオリがユカリに代わって答えた。
「その人たちのこと、教えてもらえませんか」
ユカリは黙っている。サオリがいった。
「どう?いいなら、教えてあげて。あたしはやばいけど、あんたなら」
ユカリは私に向かって、いった。
「あなた、マユミの、海の底の先生じゃないんですか?、本当は」
ユカリは真剣にそういった。海の底の先生?何のことだろう。
「きっと、そうだ。…いいよ、あたし、もうこのお店やめるし」ユカリはくたびれた巾着型のバッグから名刺入れを取り出した。
「この人たち。マユミがおかしくなった時に来てたのは。それから、このメモ。この人たちは学生で、名刺無かったから、メモに連絡先書いてったんだ。こういうの、マユミはあたしにくれてたんんだ」
色々と書き込みのしてある名刺とメモの束。
「すごい。あの頃だけで、こんなにあるの。さすがマユミだ」サオリがいう。「これは、あたしたちの貴重な営業資料よ。めったに手に入るもんじゃないよ。よかったね、探偵さん」サオリはいった。
「こんな店、やめてやる」ユカリはぶつぶついっていた。
「234人」私は名刺とメモの束の枚数を数え、ややうんざりした声で声をあげた。
「やりがいあるでしょ?」サオリがいたずらっぽく笑った。
たしかに。捜査の滑り出しとしては大収穫・・・か?
・・・・・つづく