75 弱虫だって勇気を持てる
「君の高校時代、河合はまだ篠原という性だったろう。事情は知らないが、実の父親の性を名乗っていた。大学受験のためか、あるいは就職の都合で、そのときまで、親は姓を変えるのを控えたのかもしれない」
「あいつの親父が、マユミの親父?そんな、馬鹿な…」
「違うのか?」
内田はまた黙りこくった。私はいった。
「君の言うことを信じるなら、君は、篠原の娘を殺し、その兄までも殺したことになる。なぜ、そんなことをしなければならない?
全部、嘘だろう?マユミは、君が愛していた子だろう?死んだ河合は、君は、親友だったと、さっき、いったじゃないか。
内田君、何に脅えてるんだ。なぜ、君はそんな嘘をついて、ピエロみたいな真似をしなければならないんだ」
「…」
内田は黙ったままだ。
「君は、誰かのために、罪をかぶろうとしている。甚だまずいやりかたで、誰にも信じてもらえないようなやり方で。しかし君は真剣だ。
しかし悪いが、僕に言わせれば、さっきもいったように、滑稽そのものだ。どうして黙っている?勇気を出すんだ。
君はいじめに会ってきたという。いじめをする奴なんて、断じて許せない。しかし、いじめられる奴も、勇気をもって、戦わなければいけない。
僕は応援する。僕は弱虫だよ。でも、少しづつがんばれば、弱虫だって、勇気を持てると、この歳になって思っている」
妙に熱っぽく語ってしまったところへ、オーダーしたものが運ばれてきた。
ウエイターは眠そうな顔をして、サンドウィッチののった皿とコーヒーカップを運び、きわめて機械的に礼をして、去っていった。
私はコーヒーを啜り、失礼、腹が減ってしまってね、といって、サンドウィッチを食べた。
内田は茫然とした表情だったが、何かを考えるような顔になり、コーヒーに手を出した。私は食べおわり、コーヒーを飲みながらタバコを吸った。そして、内田に声をかけた。
「少しは落着いたかい?」
内田は私の目を見た。そしていった。
「河合がマユミの兄さんだったなんて、本当に知らなかった。全く、本当に。確かにあいつの親が離婚してて、でも永らく前の親の名前で通してたことは知っていた。でも、それがまさか、マユミの父親だったなんて…」
私は黙って内田の言葉を聞いた。内田はさらに話した。
「今日、僕は、河合を殺した。あのホテルの裏手でだ。近くの工事現場に落ちていた鉄パイプで、あいつの頭をなぐったんだ。
あいつは、親友だったが、やはり僕を裏切った。だから許せなかった。だから殺した。僕は悪魔だ。
あんたにメールしたのは、もしかしたら、こんなことになる前に、あんたか、誰かが現われて、悪魔の僕を止めてくれるかも知れないと期待したからだった。
僕は恐かったんだ。でも、親友の裏切りは、やっぱり許せなかった」
私は無表情にいった。
「河合も、君の内的な世界を理解せず、それを笑い飛ばすか何かして、君を怒らせたというわけか」
・・・・・つづく