7 ウイスキーボトルは秘密兵器
「違う。中学生のころの恩人だって。でも、学校の先生じゃないって。学校の先生にそんな人がいるわけないよね」
「うん」
私は店内をぐるりと見渡した。右手の壁に無数のボトルがキラキラ輝いている。バーカウンターがあって、背の高い痩せた男がカクテル・シェーカーを振っている。
立ち並ぶボトルたちは、しかし、酒の瓶とは見えない。秘密兵器のようにして妖しい光を放っている。バーテンダーの痩せた人影も、特殊な任務を帯びた工作員に見える。
「名刺いただけない?」
サオリはいった。どうしよう?。二種類の名刺を持っている。捜査用のものと、本当の名刺と。私は一瞬、考えた。
「手がかりが欲しいんでしょ」
「うん。それじゃあ、僕はこういう者です」
彼は本物の名刺を出した。
「探偵?」サオリは名刺を見て、声をあげた。「探偵って、いるのね。へえ」彼の顔をまじまじと見つめ直した。
「興味ある?」
「嘘みたいね。探偵なんて、テレビとか映画にしかいないと思った」
「本物だよ。それで、手がかりは?」
「うん。もう一人、指名してくれる?」
「なんだ、じらさないでくれよ」
「ユカリっていう子なの。いいでしょ。お友達なのよ」
「その子が手がかりなの?」
「そう」
彼はユカリを指名した。店の奥のほうから、そのユカリが現れた。
ずっとお呼びのかかるのを待っている女性たちの座る席にいた、売れない子のようだ。心持ち申し訳なさそうな、ややぎこちない笑顔を、それでも精いっぱいふりまき、現れた。
立派な体格。女相撲でも通用しそうな逞しさ。太り過ぎのキャバクラ・ガール。20歳くらいだろうか。
「はじめまして」
ユカリは挨拶した。
「ユカリよ。ブーでしょ」
とサオリは言い、笑った。
「そんなことはないよ」
私はサオリのいうことを打ち消した。サオリはいう。
「でもマユミはね、ユカリのこと、大好きだったのよ。…ユカリ、この人探偵なんだって。マユミのこと捜してるのよ」
・・・・・・・つづく