67 先生はそうして消えた
「ええ。内田は永野先生の理解者だった。永野君は内田をいじめから救おうとしていた。
しかし、いじめは実に巧妙で、生徒たちにとっての、ゲームみたいなもので、むきになって、いじめに立ち向かう方が、むしろ滑稽にすら思えた。
教師はみんな、僕もそうですが、見て見ぬふりをしていた。永野君は必死で内田を救おうとしたし、また、いじめをしていた生徒たちも救おうとした。彼らの人間性を復権させることによってね」
「そうですか」
「永野君は、しかし学校を辞めた。学校の中で、完全に浮き上がってしまっていた。それで電話相談のボランティアに取り組んだんでしょう。
それで、何か、彼はいじめに対して、何かいうべきことを見つけたのかもしれない。内田が心配で仕方なかったのかもしれない。
彼は自殺する直前にも、内田や生徒たちと会ったんです」
「同窓会ですね」
「そんな、なごやかなものではなかったでしょう。そこで永野君は、最後の絶望に辿り着いてしまったのかもしれない」
「そのときの状況を、もっとくわしく、お聞かせ願えませんか」
「僕もその場に居合わせたわけではないですけど。永野君は自分の住んでいた部屋に生徒たちを呼んで、食事をご馳走したらしい。
内田と、内田をいじめていた連中ですね。生徒たちを帰したあと、彼は何か思い悩んで、夜の町に散歩にでた。
上大岡の近くに住んでたんですが、地上げやが建物を壊してしまった空き地が方々にあった。彼の遺体はその空き地の一つで発見された。
胸ポケットに遺書が入っていたそうです」
「その、いじめをしていた連中の名前を教えてもらえませんか」
芳田は、少し沈黙した。そしていった。
「だめですね」
「どうしてですか」
「永野君を裏切ることになる」
「と言いますと」
「わかりませんか。永野君は生徒たちすべてを救おうとしていた。いじめをする生徒を罰するのが目的ではなかった。
それは、何度も何度も永野君が口にしていた。ここで、その生徒たちのことを口にするのは、死んだ永野君の絶望を無駄にすることになる。
僕からはいえない。勘弁してください」
芳田の決心は固いようだった。私は話題を変えた。
「私としては、マユミさんの死の真相を知りたいのです。誰が一体永野先生の名を騙っているのか。可能性ある人間はすべて洗い出さないと」
「わかりますが、うちの生徒たちではないでしょう。そんな、子どもだましみたいないたずら電話はしない。そんな幼稚な連中じゃない。
それに何のメリットもない」
芳田はそういって、とりつく島もなかった。何かに脅えているような感じもした。
「…これが、僕の限界ですよ。参考になりましたか?」
「ええ。ありがとうございます」
私は芳田に礼をいって、立ち上がった。学園を出ると、外はもうすっかり夜だった。私は車に乗り、オフィスへと向った。
・・・・つづく




