65 教師の自殺
光聖学園高校は、JR根岸線の山手駅から車で10分ほどのところにあった。
根岸の港湾地区を見下ろす小高い丘の上にそびえる、中高一貫教育の学校で、ヨコハマでも有数の進学校だった。
建物はこぎれいな5階だてで、外壁は落着いた砂色だった。野球場とサッカーグラウンドとにはナイター設備があった。
受付で校舎内の案内板を見ると、温水プールやPC教室も完備されているらしかった。受付で、来訪の意を告げた。
しばらくそこで待たされ、やがて背の高い、グレーのスリーピースを着た若い男が現われた。縁が太く黒い眼鏡をかけて、少しきつい目つきをして、髪はきれいに頭になでつけられていた。
若い男はいった。「芳田です。はじめまして」
「玖村です。お忙しいところを、恐縮です」
私は永野教師の自殺を報じた記事をネットや図書館で調べた。自殺に関して談話を述べていたのは、芳田という同僚だった。
学園に電話したところ、まったく意外なことだと私は思ったが、私は、この芳田とのアポをとりつけることに成功した。授業の終了後に、学校で面会するということだった。
「こちらへどうぞ」
芳田は私を案内して、廊下を歩き、5メートルほど行ってドアを開け、私を招きいれた。
その部屋は、校舎の中の教会だった。正面つきあたりに、簡素だが、必要なものは一応揃えた感じの祭壇があり、ステンドグラスがあった。
「まあ、ここでいいでしょ。今、クラブ活動やなんかで、部屋らしい部屋はふさがってるし。職員室の応接は、ちょっと人目についてよくないです」
芳田はそういって、チャペルの固定された椅子に腰掛けた。
「ええ、結構です」私はいい、芳田の隣の椅子にかけた。
「それで、永野さんの話ですよね」
「ええ」
「永野さんから電話があったなんてねえ…」芳田は話しはじめた「自殺だったんですよ。毒をあおった。ご存じですよね」
「ええ、青酸カリですね」
「真面目な方だった。でも、ゆきづまってた。気の毒で気の毒で仕方ない。
電話相談をやってたことは知ってましたが、そんな風に、悩める子どもを救ってたなんて、知りませんでしたよ。
つくづく、いい人だったのに、彼の名を騙る奴がいた。それも少女を殺したのは自分だなんていった…。こういうことでしたね」
「そうです」
「何てことだろう」芳田はしばらく口を閉じた。
「…それで、永野さんの周辺を、今、洗っているところです」
「…そうですね。彼は自殺でした。遺書もあった。短い文章でしたが、連綿と、彼の心情がつづられていた。しかし、文面はひどく抽象的で、死ななければならない、という結論だけが性急に書かれてたんです」
「具体的に、何に苦悩されてたんでしょう」
・・・・・・つづく