62 いのちの電話
内田は5分ほども泣き続け、それから、死んだように動かなくなり、沈黙した。
私は深海平原の底に積もったマリン・スノーを思い出した。
「帰るか?」
私は内田に問いかけた。内田のアルコールはほとんど抜けて、悪酔いからは立ち直ったようだ。顔をゆっくりと上げて、内田はうつろな目で私を見た。
私はいった。「僕が車で送ろう」
「結構だ。いらない。一人で帰るさ」内田はそういって立ち上がり、ふらふらと歩き出した。
「大丈夫か」私は思わず声をかけた。「僕だってここに泊るわけじゃない。ついでだから送ろう」
すると内田は、噛み付くような顔で私を振り返り、「干渉するな」と叫んだ。続けて、さらに、いった。「もう、これ以上、干渉しないでくれ。僕が去るまで、そこにじっとしてろよ」
私は肩をすくめた。そして、内田に手をふった。内田は恐い顔をして私を睨み、ぷいと後ろを向いて、事務所から出ていった。
・・・
翌日、いつも通りに私はオフィスに出勤し、まず、市役所の広報係に電話した。福祉関係の部署に、電話相談室はあるかどうか。
マユミの母からきいた、「いのちの電話」という名前を出して、たずねた。
「残念ですが、その業務は、今はありません」電話の向こうの声は、かなり若い女性のものだった。
「ない?」私は驚いて聞き返した。
「3年前に、機構が変わりまして…」
「そうですか、それは大変残念です。とても興味があったんですが」私は口からでまかせをいった。「機構が変わって、今はどうなってるんでしょう」
「福祉課に統合されています」
「そうですか」私は電話を切った。
少し迷ったが、市役所へ出かけることにした。
福祉課は、市役所の4階にあった。
カウンターに行くと、一番端のカウンター寄りの席にすわっていた20代終わりくらいの年齢の女性が、私に用件をききにきた。総合職で市役所に勤めた女性職員であることが一目で分かった。
私はいった。
「こちらでやっていた、「いのちの電話」のことで、うかがいたいんですが…」
「いのちの電話ですか」
「3年前に無くなったことは知っています」
「ボランティア志望の方ですか?」
「え?といいますと?」
・・・・つづく