60 犯人が、また一人
「永久の永に、野原の野です」
「存じ上げませんね、永野さん。あなたはマユミさんと、どういう関係ですか」
「マユミは、私を尊敬していました」
「尊敬?」
「マユミは私に救われたんです。マユミは私のおかげで、人生に立ち向かう勇気を取り戻し、前向きに生きはじめた…」
私は声をひそめた「あなた、もしかして…」
「マユミは、私の電話の話をきいて、私も、マユミの過去をきき、そして人間としての交流が生まれた。はは、…」
電話は、また咳き込んだような笑い声をあげた。
「だから、マユミは死んだ。だから、マユミには罰が下された」
「よく分かりませんね、あなたのいってること」
「わかりませんか?はは、とんでもない虚構、虚妄、偽りを、私と共有して、だから、マユミは処刑されたんです。はは、わかりません?」
「海の底の先生か、あなたは?」
「はは、恰好悪い名前だね、気持ち悪いくらい、格好悪いです」
私は少し首を傾げ、急に言葉を投げつけた。
「あなたが、マユミを処刑したっていうのか?」
私の肩に手が置かれた。
内田の手だった。
電話に夢中になっていた私は、全く気づかないでいたが、いつのまにか内田は起上がり、私のすぐ後ろで、電話の会話を聞いていた。
内田の顔は、薄暗がりの中で、ケント紙のように蒼白かった。消える直前のロウソクの炎のように、眼が輝いていた。
「そうです」電話の声がいった。
「…」
私は受話器を手でふさぎ、内田に向っていった。「先生だよ。永野先生だ」
内田は、紙の表面のような無表情で、私の声をきいたのか、きいていないのか、さっぱりわからなかった。
「処刑したというと、殺したということですか」
「はい」
「また犯人登場か。変な事件ですよ、全く。私は手がかりらしい手がかりもつかめずに、うろうろしている状態なのに、犯人と名乗る人が、もう2人も現われた。なぜ、あなたは、僕のところに電話してきたのです。警察に行ったらどうですか」
「まあ、そう私のことを嫌わないで下さい。色々、事情があるのですよ」
「で、自首した青年は、犯人じゃないと、こういうわけですか」
「ええ」
「青年を、殺人の疑惑から救おうと、そういうわけですか」
・・・・・つづく