59 深夜の電話
タオルで内田の顔を拭き、オフィスに連れ戻した。
ソファーに内田を倒して、様子を見た。少しは具合が良くなったようだ。
内田は薄目をあけて、口を動かした。何をいっているのか分からない。目をこらすと、「愛していた」といっているように思えた。
私は内田を見ながら、タバコを取り出した。「少し寝ろよ」といって、ライターをポケットから出した。
「僕は大丈夫だ」と内田が、たよりない声でいった。
私はライターに火を灯した。その火が灯るのと、ほとんど同時に、ベルが鳴った。
電話のベルが、午前1時過ぎの深夜だというのに、けたたましく、鳴った。
・・・・・
私は立ち上がり、受話器に手をのばした。誰だろう、と私は思った。
私に不倫調査を依頼していた老婆、大田刑事、マユミの母…?受話器をとり、こちら玖村調査事務所です、もしもし、と声を出した。電話の相手は無言だった。
内田は電話のベルで目が少し覚めたものの、まだ調子が悪いらしく、ソファーに倒れこんだままだ。
私はもう一度、電話の相手に声を投げた。弱々しい男の声がした。風邪をひいてもがき苦しんでいるような憂鬱な声だった。
「…、こんばんは。そちら、玖村さんの事務所ですね」
「はい。そうですが」
「夜分おそくに申しわけありません」
「どちらさまでしょうか?」
「はじめまして。はじめて、お電話します」電話の声は遠く、消え入りそうな感じがした。「マユミのことでは、大変ご苦労されているそうで」
「…、どちらさまでしたでしょうか?」私は再びきいた。
それには答えず、電話は、さらに聞き取りにくい声でいった。「マユミが死んだのは、しかし仕方のないことなのです」
私はいった。
「あなた、もしかして、マユミさんのお父さんじゃないですか?」
「マユミの父…はは、それは、それは。マユミの父みたいなもんかもしれませんね」
「…」私は一呼吸おいて、きいた。
「宮本さん?」
「宮本?はは、探偵さん、いい推理していますね。宮本、はは」
声は遠くて、笑い声も、小さな咳のようにしか響いてこなかった。
私は少し、いらだって、いった。
「いたずら電話ですか?今、何時だと思っているんですか」
「前途ある青年が、マユミの殺人犯人だといって、自首してきたそうですね」
電話は、また私を無視していった。
「マユミと、どういう関係ですか?」
「知りませんね。私に質問する前に、あなたの名を名乗っていただきたい」
「私の名?ナガノといいます」
「どちらのナガノさんですか」
・・・・つづく