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テレフォンライン  作者: 新庄知慧
58/116

58 黄色い液体

「マユミの?マユミに父親はいないよ」




「…君は、どこまでマユミの過去のことを知っているんだ。本当に知らないのか。宮本のことを。では、篠原はどうだ」




「篠原…」内田は困惑した顔をした。




「マユミの父親だよ。実の父親だ」




「あんた、でたらめを並べてるんじゃないのか」内田はそっぽを向いていった。




「…わからない。なんで君は犯人の名乗りをあげるんだ。何か事情があるな…」




「とにかく、僕が殺したよ。証拠が足りないのか?」




「無実の証明をするのが難しいのと同様に、有罪であるという証明をするのも難しい。世の中はそうなってるんだよ、学生さん」




私はいいながらタバコを取り出した。そして自分と内田に、またウイスキーを注文した。しばらく無言で、私たちはグラスを傾け続けた。




ステージにはトリオが現われた。ベースとドラムとピアノ。背広姿の、サラリーマン風の男たちだった。少し、へたくそだったが、気持ちのこもった音を出し始めた。




それは、ビル・エバンスの「デビーのワルツ」だった。サラリーマンのアルバイトなのかもしれない。ぎこちない演奏だったが、胸に沁みるような音だと思った。




そう感じたのは自分だけかと思い、彼は隣の内田を見た。内田はだまってウイスキーを飲み、グラスを空にすると、バーテンダーの譲に向って、ストレートのバーボンを注文した。




内田はくやしそうな、自分を叱責するような顔をして飲み続けた。そのうちに、不安そうな顔になり、さらに酒を飲んだ。




「もう、やめとけよ」




見かねて私は内田に声をかけた。




内田は私の方を向き、憂鬱そうな笑みを浮かべて、こういった。




「宮本が、なんで生きてるんだ。なぜ殺されないんだ」




内田は、もう泥酔の域に達していた。不安定な声色で、内田は続けていった「海の底の先生は、偉大だ。おまえになんか、わかるもんか。篠原?殺してしまえよ、そんな奴」




そして怨念のこもった目で、私を見つめ、みんな、昼間のでれでれとぶくぶくどもだ、と怒鳴り、グラスをカウンターに叩き付けた。




グラスが割れて、内田の指が切れた。赤い血潮がトマトジュースのように流れ出し、ビアノの音がクリアーに、大きく美しく鳴り響いた。




大きな浅黒い手が、内田の手に握られたグラスを取り除き、続けてそっと内田の手をタオルで拭った。




譲だった。




譲は内田と私の顔を見て、それから手当てのための道具を取りに、カウンターの裏手に歩いていった。




私は内田の肩をたたいて、自分のグラスを飲み干した。






・・・・






私たちはタクシーに乗り、走っていた。




内田は酔いつぶれてしまった。




具合悪そうにシートに座って、両手に顔をうずめていた。しきりに嘔吐したがっていた。




家にまで送るのは無理だと思い、私は自分のオフィスの前でタクシーを止めた。内田をオフィスに連れて行き、ソファーに寝かせた。




ソファーには、まだ私の血液の匂いが残っているように感じた。




内田は苦しそうにしていた。トイレへ連れて行き、吐かせた。




内田は黄色い液体を吐いた。




・・・・・つづく

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