51 あの日マユミは
「信じたのに、裏切られた。だから殺した。ああ、そんなことをいってたな」
「俺にばかりしゃべらせないで、おまえからも教えてくれ」
「取り調べるのは、俺だぜ」
「内田についてもっと何か分かれば、俺も、新しい事実に気づくかもしれない」
「そうだろうな」大田は言葉を区切って、タバコをとりだした。「あの学生は、中学、高校時代に、かなり陰惨な、いじめに会ってたらしい。
両親から聞いたんだが。親に理解がありすぎて、過保護な家庭だったんじゃないかと思うね。かなり内向的で、学校社会に適応できなかったようだ。
これは俺の推測だが、あの外見も、かえって災いしたと思う。深海の生物学なんて、そんなものがあるとは俺は知らなかった。
なんか暗い勉強にしか思えないが、そういう道にいったっていうのは、いじめの影響かもな。いや、もともとそういう暗い部分があって、いじめに会ったのかもしれないが」
「それで、内田の犯行を裏付ける物的な証拠はあるのか」私はきいた。
大田は私を見たまま、黙っていた。
「まだ俺に言わせたいらしいな」私は肩をそびやかして、いった。
「いいよ。刑事どの。俺が内田から聞いたところでは、彼はマユミとデートして、彼女にチョコレートを渡した。
彼女は包み紙を破いてどこかに捨てたから、当然、彼の指紋は残らなかったというわけだ。
マユミがどこでそのチョコを食べようが、内田はどうでもよかった。たまたまホテルで食べたということだ。
内田はホテルの部屋には行ってない。デートしたあと、ホテルの前の公園で別れたそうだ。あのテーマ・パークで聞き込みはやったかい?
内田とマユミを見た奴を発見できたか?」
「発見してない」大田は首をふった。「マユミについては聞き込みをすでに行っているが、当たりはない。内田については今日始めたばかりだ。奴らアベックの通ったというコースぞいに聞き込みをしているが」
「その日の内田とマユミのデート・コースは?」
「あの水族館に午後5時から6時ごろまでいて、隣のファスト・フード・レストランで食事。ばかでかいレストランだよ。人が300人も入る。
しかもセルフ・サービスだ。目撃者を捜すのは至難の業だ。8時ごろに外へ出て、海を見ながら散歩して、ベンチに腰掛けた。
彼女にチョコを渡したのが9時過ぎだった。内田は研究室に戻る必要があるからと、その場を去った。マユミはホテルに泊まるといった。
それが10時少し前」
「そこまで細かくは聞かなかった。警察の仕事をとっちゃいけないと思ってね。しかし、渡したその場でチョコレートを食べたらどうするつもりだったんだ」
「それならそれで、一向に構わなかったと、内田はいってる」
「ふん。10時に内田と別れて、マユミは何をしていたんだ?ホテルに帰ってきたのは、たしか午前2時だったな…」私は首をかしげた。
・・・・つづく




