44 クリスマスプレゼントをもらった女学生のように
「動くな!」男は神経質な、張り裂けるような声で叫んだ。
しかし、私は平気で動いた。
テーブルの上にあったコーヒー・サーバーを取り、キチンへいったのと同じ歩調で歩いて戻ってきた。そして、男に向っていった。
「ほう、僕はまだ生きている。奇跡のようですね」
男は私を睨みつけたまま、私に銃口を向けていた。
私は男にいった。
「ずっと殺し屋ですか。学校を出て、すぐにキラーに就職なさったんですか。学校では犯罪学かなんか専攻されたんでしょうか」
コーヒーをカップに入れ、男にすすめた。
「趣味がこうじてキラーになったんですよ」
「すると本職は別にあったんですね。きっと一流商社のサラリーマンとか、あるいは弁護士か何かかもしれない」私はコーヒー・カップを持ち上げ、口に近づけた。
突然、銃声が響いた。
私のコーヒー・カップが粉々に砕けて飛び散った。
弾丸は私の頬をかすめて飛んだらしく、頬を熱い火箸で貫かれたと感じた。その衝撃で頭もろとも後ろにうち倒された。硝煙があたりにたちこめた。
私は仰向けに倒れたまま、目がかすんで、そのまま海底に沈んでいく気がした。あのテーマー・パークの深海平原が見えた。
しかしかすり傷だ。私は顔だけを上げて、男の顔をみた。
男は私を見下ろして立ち上がった。
私は痛さをこらえて、クリスマス・プレゼントをもらったハイスクールの女学生のような顔で微笑んだ。気持ち悪い、不敵な笑いだった。
「手を引きなさいよ、あんた、真紀子から」男は再び私にいった。
「銃声をきいて、ほかのお友達もやってくるかな?」私は嬉しそうにいった。
「いい探偵さんですよ、あなたは。殺しにも詳しいね。私の趣味としては、今日のシチュエーションで、あなたのようなのは殺してもあまり面白くないな。よくわかってますね。
でも、手を引かないと、本当に死にますからね。いいですね、手をひくんですよ」
男は念を押すように、諭すようにいった。「手をひきなさい」
「いい加減にしろよ、このアホ!てめえみてえな変態に指図されて、手をひくわけねえじゃんか、この馬鹿野郎!」
突然、炎のように私は怒鳴った。
「俺の仕事は俺が決めるんだよ。変態は退場しな、出る幕じゃねえよ」
そう言って、私は男を再び凄まじい目で睨んだ。
「…」
男は口をつぐみ、腹を立て、もう一発、銃声を響かせた。
天井のライトが破壊され、部屋の中が真っ暗になった。
闇の中を人が滑る気配がし、ドアが開き、閉まる風が吹き、それっきり男はいなくなった。
暗闇の中で、私は意識が朦朧としていた。オフィスの外を車が走ってゆく音を、私は夢の中できいていた。
・・・・つづく




