43 コーヒーぐらい飲みましょう
「まあ、少し話あいましょう」
私はいった。
「手を引いてください」男はいった。
男はコートのポケットから手を抜き出した。その手には黒い金属の塊がにぎられていた。その黒いものを見ながら男はいった。
「トカレフです。最近では、誰でもすぐ手にはいる」
私は馬鹿馬鹿しいような気持ちがした。しかし同時に、体が石になったように感じた。乾いた唇で私はいった。
「何か飲みますか。コーヒーでも」私は尋ねた。
「ありがとう」そういいながら、男はその拳銃の銃口を私に向けた。そうして引き金に指をかけた。
「ブラックで?それとも砂糖、ミルク入り?」私は尋ねた。
「手を引くね?」
男は私のいうことには答えず、顎を上げて彼に強い調子でいった。目が冷たく光り、少し笑っているかのように唇が歪んだ。
「ミルクはあいにくと切らしているんですよ」私は乾いた声色ながら、落着いて答えた。
「私の話を無視しているのかね」男は低い声でいった。「真紀子と食事したり、真紀子の家にまで行ってるそうじゃないか」
私は首を少し横に傾けながらいった。
「私は私立探偵の玖村敦彦という者だ。あなたは勿論、そうと知ってここを訪れたんだろう。あなたの用件を聞くためには、まずあなたのことも知りたいな。あなたは誰ですか」
「私はキラーですよ。この銃はおもちゃじゃないですよ」男はいった。
「おもちゃだとありがたいんだが。おもちゃじゃないんでしょうね、やっぱり。そんなものを振り回したら、銃刀法違反で警察につかまるから、それは、しまった方がいい」
「私はここであなたを撃ち殺してもいいかもしれない。殺しても大丈夫なだけの覚悟はしてきています。私は職業的なキラーですから」
「人を殺すのがご職業ですか」
「はい」
「相場はいくらです、殺しの」
「5百万円」
「安いもんですねえ、人の命というのは。僕も5百万円ですか」
「あなたは百万円かもしれない」
「そんなに安いんですか。どうして」
「殺すのに何の苦労もない。死んでも、誰も儲からない」
「そうか。そりゃあ、その通りでしょうね」
「しかし今回は無報酬だ。頼まれ仕事じゃないからね」
男の目は常人のそれではなかった。燐光のように不気味に輝き、地の底からくすぶる炎を思わせた。いやな目の光り方だった。
「…そうですか」
私は気がすすまなかったが、男のいやな眼光を撥ね返し、凄まじい目で、にらみ返した。
ちょっと間をおいてから不意に視線をはずして立ち上がり、まあ、コーヒーぐらい飲みましょう、といい、平然としてコーヒー・サーバーをとりに、キチンへいった。
・・・・・つづく