35 とんでもない奴だ
山瀬は、そんなことどうでもいいだろう、という顔をして、それには答えず、いった。
「あなた、何の用事でここに来たんです」
「宮本さんにお会いするために」
「マユミの捜査の関係ですか?」
「ええ、まあ」
「残念だったね。引っ越しちゃったからね」
「どこへ越されたか、ご存じないですか」
「わからない。宮本さんは、マユミとどういう関係なの?やっぱり、あの店の客だったのかね」
「まあ、そんなところですが。そうですか。宮本さんが引っ越されたのは、いつ頃かわかりますか」
「引っ越したっていうより、追い出されたんですよ。うちの会社で追い出したんですよ。家賃払わなかったんでね。
そうね、もう3か月前かな。ひどい奴だったよ。プータローみたいな奴のくせに、言うことはいっぱしでさ。
芸術家気取りでね。そうなのか、奴もあの店の客だったのか。とんでもないね。
そんな店にいく金があるなら、家賃を払えっていうよ、こっちはさ。あの男をこのアパートの大家に紹介したのは、うちだったからね、信用はがた落ちですよ」
「宮本さんのこと、ご存じなんですね」
「劇団にいたんでしょ。たしかに、いい男だったよね、顔だけはさ。
でも、売れない役者だったんですよ。フリーターでね。でも、いい年してフリーターはないよね。
つまり失業者みたいなもんだね」
「…実は、宮本さんは、マユミさんのお父さんだったんですよ」
「へ?どういうこと?」
「義理の父親だったんです。色々と事情があったようですが、離婚されたようです」
「家を追い出されたんだ、あの宮本は。そうか。かわいそうにね、マユミちゃん。
あの宮本が父親じゃあ、ひどいもんだね。家庭も何もあったもんじゃなかっただろうね」
「マユミさんのこと、ご存じですか」
「何ですか?」
「亡くなったんですよ」
「ええ?!」山瀬は驚いた。
「新聞にも取り上げられたんですが。扱いは小さかったです。ご存じないのは無理もありません。
ホテルの部屋で、青酸カリ入りのチョコレートを食べて亡くなりました。自殺か他殺か、まだわかりません」
「そうですか。事件ですね。かわいそうに。なんであんな子が死ぬんだ。」
山瀬の言葉は暫く途切れた。
「…で、宮本が容疑者ですか。あいつ、つくづくとんでもない奴だな」
・・・・・・・つづく




