22 海はぎらりと光る
「そんな感じはする。嫌いなのかも知れない」
「水商売なのか」
「ああ。そうだ」
「どこで働いてるんだ」
どうせ調べれば分かることだと思い、私はマユミの母の勤め先を告げた。大田は軽く頷いていった。
「ほう。母親の商売がそれで、よく、この子、よく名門女子高校に入れたもんだな。この子に関する調査結果は他に何かないのか」
「ない。さっきもいったとおりだ」
大田はまた私を睨み、しばらく黙った。私は澄んだ目で大田を見返した。大田がやがて口を開いた。
「まあいいさ。とりあえずは。しかし、おまえの守秘義務とやらに抵触しない範囲で、捜査には市民として協力してくれよ。
おまえだって、痛恨の思いだろ、あんな美少女が死んで。捜査が進んだら、こちらも警察として教えられることは教えるから。
協力してくれるな?」
「当然だ。私は立派なヨコハマ市民だ。おまえこそ、真剣に仕事してくれよ」
「当然だ。しかし、ご立派なヨコハマ市民と、あの警察嫌いの母親の協力が、捜査の障害になるかもしれないがなあ。じゃあな。今日のところは去って結構だ」
私は部屋を出て、ホテルのロビーへと降りていった。
ソファーに中年の私服刑事とフロントマンが向かい合って座っていた。
私服刑事は質問をしては、結果を手帳に書きつけていた。
数人の野次馬らしいホテルの客たちが、ロビーのそこかしこで、ひそひそ話をしていた。
フロントには、あの丸い眼鏡の髪の長い女性が、やはりボーッとして立っていた。
彼女のもとへと歩み寄り、私はいった。
「チェック・アウトお願いします」
「あ、どうも。ご苦労さまでした」
「そちらこそ。こんな場合も時間超過の料金がいるんですかね」
「はあ。いいんじゃないかと思うんですが、通常料金で。でも私の一存では」
「また上の方と相談して下さい。待ってますから。僕はどうしよう。また屋上に行ってくるかな」
そういいながら、くるりと振り返り、フロントに寄りかかってロビーと窓の外の海を見た。
ロビーの中の少しばかりの喧騒の向こう、窓の厚いガラスごしに、午後の陽射しのもとで海が鈍い青色に光っていた。ねぼけたマリンブルー。
私にはまた、自分の無能に対する、無念の思いが湧き上った。
母親に本当にすまないことをしたと思った。
マユミの安らかな死顔を思いだし、なぜ、あんな子が死ななければならないのかという、疑問と怒りの念にとらわれた。海がぎらりと光った。
・・・・つづく




