19 彼女のチョコレート
白いドアを開けると、私服刑事らしい男が一人立っている。私の泊まった部屋とほぼ同じつくりの部屋だった。
窓からは、よく晴れ渡った空のもとに、青い海。昨日シンデレラ城に見えた工場や倉庫群。きらきら光る水族館。観覧車。
大きな白いベッドが窓の前にあり、その上にミニスカートの若く美しい女の子が仰向けに横たわっていた。
眠れる森の美女のように、安らかに眠っていた。マユミだった。
「きれいな子だよなあ」大田は言った。
「死亡時刻はいつだ?」私は怒鳴るようにいった。
「検死結果を見ないとね。ただ、部屋に帰ってきたのは深夜2時ごろだっていうから。そうですね、フロントさん」
大田はフロントマンに聞いた。フロントマンはうなずいた。
大田は彼を見て、「おまえ、そのとき、何やってたんだ。寝てたのか」
それには答えず、私はきいた。「死因は?」
「検死結果まちだが。思うに、チョコレートだな。ほら、そこの」
大田が指さす先には、ベッドの下に落ちた灰色の紙箱があった。
「シュガーレス・チョコレート。青酸カリ入り。青酸カリは、ものによっては糖分と混じると毒性がなくなるんだが。なにせシュガーレスだからな」
「自殺か他殺かは。・・・これからか」私は力なく言った。
「ああ。・・・これでお前の仕事も終りか」
私はマユミの側らに寄り、死に顔を見た。心なしか少し笑っているような、あの深海平原のような、静かな・・・静謐な、死に顔だった。
・・・・・
空はますます晴れやかに澄みわたり、開け放したホテルの窓から、ときどき、かもめの鳴く声と遠い船の汽笛が聞こえた。
ベッドの上で心地よいお昼寝をしているようなマユミの死体を覗き込んで、マユミの母が静かに鳴咽していた。
彼女の後ろに、私と太田刑事が立っていた。
現場検証の捜査官が二人部屋の中を動きまわり、写真を撮ったり、指紋の採取をしていた。
中年の私服刑事がときどき部屋に出入りしていた。
「娘さんに間違いありませんね」
太田刑事が、同情の気持ちをこめつつも、やや乾いた口調でマユミの母にたずねた。母はそれには答えず、ただ泣いていた。
私は深々と頭を下げて言った。
「申し訳ありません。お悔やみの言葉もありません。もっと早く僕がお嬢さんを捜し出していれば、こんなことにはならなかったのに」
「いえ…」マユミの母は声にもならない小さな声で言った。「仕方ないですよ」
少し感情が落着いたのか、マユミの母はマユミの顔をしげしげと眺め直し、少し微笑んだ。「でも、なんだか気持ちよさそうにしてるわね。マユちゃん、このお部屋が好きだったのね」
・・・・つづく




