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テレフォンライン  作者: 新庄知慧
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16 工場夜景は光の城

もう夕方に近い。ライト・ブルーに晴れわたっていた空が、紫色に染まりつつある。




水族館は遊園地や公園とともに海に囲まれた人工の島に建てられたもので、横手はすぐ海になっている。




水平線が見え、その、空に接した部分に、夕陽のオレンジ色が光っている。




遊園地の観覧車やジェット・コースターに蒼白い照明が灯った。きらきら輝いて、まぶたに甘い刺激を感じる。




夕暮れ時を歩く人影は、心なしか数を増したようだ。アベックが目につく。ここは夕暮れ時のデート・コースにもなっている。




タバコをふかしながら、水族館に入場してゆく人々の中にマユミの姿を捜した。




5本目のタバコを途中で揉み消して立ち上がり、水族館を後にした。




笑い声や話し声。ウオーター・スライダーの水飛沫の音。かすかに聞こえるメリーゴーラウンドの音楽。歩きつつも、私はマユミの姿を求めた。




遊園地に隣接する公園の芝生を通り過ぎ、さらに歩くと、地中海の浜辺に建つ白壁の家を思わせる2階だての建物が見えてくる。




クリムソン・レーキの煉瓦屋根。窓はビクトリア風の出窓になっている。瀟洒な感じだが、あっさりした印象。




その建物の横に立った木製の看板に、飾り文字で「ハーバー・ホテル」と書いてあった。ホテルの向こうには、また海が見えた。




それは静かで重厚な水面で、夜の帳が降りるのを待つ、濃い藍色の舞台フロアーのように、鈍く重厚に輝いていた。潮風が頬を流れた。




・・・・




ホテルのフロントでマユミの顔写真を見せた。




しかしフロントマンは首をかしげたまま、横を見ていた。彼はあきらめて、部屋をとることにした。マユミの行動を追体験するということだ。




それに、今日は朝の4時に起こされて、不規則な寝不足に陥っていた。もう家に帰るのはよそうと思った。




海のよく見える2階の部屋に通された。部屋の中は、アーリー・アメリカン調の、おしゃれだが質実なしつらえだった。




パイン材のベッドに横になり、白い天井を眺めると、かもめの鳴く声が聞こえた。暫く目を閉じた。




いくつもの顔が忙しく瞼の裏に現れては消えた。依頼人の影山真紀子、サオリ、内田、水槽にいた白イルカのベルーガ、深海平原の係員…。




目を開けると、もうすっかり夜の影が部屋を包んでいる。




ベッドから降りて立ち上がり、窓辺へ行くと、黒い海の向こうに光の城が見えた。




シンデレラ城かと思って目を凝らすと、それは埋め立て地に建てられた工場や倉庫の、密集した大量の明かりの群れだった。




不意に光の雪が空から降り注ぐのを感じた。




あの、深海平原水槽の、マリンスノーの記憶がよみがえったのだった。




そして、私の脳裏に横浜理科大学の大学院生、内田の顔が現れた。




恐ろしいほどの美少年だった。




その美しさには、ある種の残酷さと、人間のぬくもりを全て拒絶するような屹立感があったと思った。




海洋生物学科の学生。海。




彼はこのテーマ・パークの水族館に来ていただろうか。来ていたに違いないと私は思った。




私は黒い海を見つめて、長い間じっと考え続けた。






・・・・・つづく



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