13 アクアリウムで
巨大な白いイルカが、目の前をゆっくりと泳ぎ去った。
体長は5メートル、体重は1400キログラム。向こう側の壁へと向かい、また身を翻して、こちらへ泳いでくる。柔和な表情で、私に何か語りかけるみたいに、ぐんぐん近づいてくる。イルカは口を少し開き、愛敬のある笑みを浮かべた。
これは、あのユカリの顔にそっくりだ。彼は水槽の前で思った。マユミがユカリを好きだったのは、このベルーガという白イルカに似てたからじゃないか。
・・・・
ユカリから電話があったのは深夜、というより、今朝方の午前4時だった。
「お店、やめちゃった」
だいぶ酔っているらしく、呂律の回らない口調だった。
「あたし、頭パーだから、あのとき、大切なこと、言い忘れてたんだ」
彼女が言い忘れてたこと、それはマユミの好きだったという水族館のことだった。
「マユミ、海の底が好きだったからね、辛くなると、水族館に行って、そこのホテルで海を見ながらボーッとするのが好きだったんだ。あたしともいっしょに行ったことがある」
マユミがよく出かけた水族館というのは、金沢八景の近くにあるテーマパークだった。水族館と遊園地と海辺のリゾートホテルがいっしょになった施設だった。
「それで、その水族館が、どうしたの」
私は寝ぼけて意識のはっきりしないまま訊ねた。
「そこを見張ってれば、必ず彼女、現れるよ」
「本当?」
「間違いないって。彼女の好きだった、海の底の先生も好きだったそうだよ。マユミ、デートで行ったこともあるんだ」
「その先生と、その水族館へ?」
「多分ね。ねえ、何か、手がかり見つかったの」
「いや、ぱっとしないな」
「がんばってよ。マユミ見つかったら、また遊ぼうって言っといて」
「わかった」
そのテーマパークにあるホテルというのは、マユミの客だった河合の言っていたハーバー・ホテルだ。少し、糸が絡まり合った気がした。
それから3時間の睡眠をとり、翌朝、買い置きしてある野菜ジュースとフランスパンで朝食を済ませ、事務所へと出勤した。
郵便受けを見ると、朝刊と広告チラシとダイレクトメールの間から、白い封筒が落ちてきた。ワープロで打たれたA4版の手紙が1枚、その中から出てきた。ごく短い文章だった。
「マユミを救って下さい。私は彼女を傷つけてしまいました。私では彼女を救うことがもうできません。あなたは彼女の好きだった海の先生に似てる。彼女はきっと、ハーバー・ホテルに現れる」
私はコーヒーをブラックで2杯飲んだ。それから念のため、マリンクラブへと電話したが、やはりまだ店は開店していなかった。
私はその水族館へ行ってみることにした。そして今、ここにいる。
・・・・・つづく
 




