112 よろこびにうちひしがれ
キラーは続けた。
「こんな世の中だよ。だから私は、自分の趣味に合ったやり方で、世の中に制裁を加えるべきだと思ったんだ。これは楽しい企てだ」
「制裁…」
「そうだ。私は、お察しの通り、河合も、篠原も憎かった。まず河合だ。とんでもない奴だ。学年は同じだが、一応、私の弟だ。
しかし、河合母子と比べて、私の母も私も、虫けらのような扱いを篠原から受けた。あの河合までもがそれに同調して、私を虫けら扱いした。
ひどい奴だ。あんな奴がこの世に生きていてはいけない。永野は甘い。内田は弱虫だ。河合を真に救いたいなら、この世から消すしかないんだ。
河合…あいつは、マユミを言葉巧みに誘い出した。自分も、永野先生から救われたんだとかいってね。そして別れる間際に、毒入りのチョコレートを渡した。
探偵さん、あれは、殺人には違いないが、正確にいうと、自殺の教唆だ。河合は、マユミを、もう自殺するしかないところまで、言葉で追い込んだんだ。
永野先生のこと、内田の過去、そして内田から聞いたマユミの過去のこと。総動員して、マユミを傷つけつくした。そして、冗談か本気かわからない顔で、毒入りだといってチョコレートを渡した。
河合はある意味で、マユミを知り尽くしていた。多感な彼女のことを。そして、やっぱりマユミは毒を食べてしまった。私はそれを河合から聞いた」
キラーは饒舌だった。
「しかし、あのあと、ついに内田も我慢できなくなった。内田にしちゃあ、大変な勇気を出したな、あの晩。鉄パイプで、河合に、殴りかかったんだからな。
しかし、ご承知の通り、だめだった。殺しを仕上げたのは私だ。大きなハンマーを使ったよ。凶器は今、海の底だ。あのテーマパークの海に放り投げた。
河合の頭部が炸裂して、脳漿が飛び散って、あの馬鹿がしゃっくりみたいな悲鳴をあげて、鼻水や涙を飛び散らせて、ぶざまで、本当に痛快だったよ。
私は、あいつの頭をたたき割りながら、ものすごく興奮し、快感だった。今でも思い出すと、胸がぞくぞくする。どうしてもっと早く殺らなかったんだろうと、後悔した」
キラーは喜悦に打ちひしがれた顔で、よだれを流さんばかりの笑顔で語った。
「そして篠原だ。あの医者だ。女たらしの俗物だ。自分の妾の子に殺されるなんて、傑作だと思うだろう?
でも篠原の殺しは、あんまり面白くなかった。あのとき、あんたにも会ったね。でもまあ、それなりの快感はあったな。スマートな快感だな。
あの馬鹿はあのとき、何かにいらいらしていた様子で、部屋の中で立ち上がったり、座ったり、歩き回ったり、狙いにくかった。
額のあたりを撃ったんだが、撃った瞬間の顔はスコープで見たんだ。汚い水の入った、古ぼけた風船がはじけた感じかな。
「びしゃっ」って感じかな。もちろん音なんか聞こえない。側へ行って、もっと派手に銃撃したかったが、部屋から早々に退散しなきゃならなくてね。
残念だった。でも胸のときめきはある。あまり贅沢をいうべきじゃないだろう」
キラーは、満面に笑みを浮かべて、嬉しそうに喋っていた。
「いずれにせよ、警察じゃあ、こんなに正確で快楽的な制裁は為し得ない。100年たってもだめだろう」
・・・・・つづく




