100 In The Evening
薄暗いイエローの照明に浮かんだ店内には、突き当たりにカウンターがあり、カウンター向こうの棚には色々な種類の酒が並び、手前には5つほどの丸いテーブル席があった。
店のインテリアは頑丈で質素で古ぼけていて、ドアと同じく何度もペンキを塗り直したものだった。
壁という壁、そして天井には、レコードジャケットや車のナンバープレートやポスターが貼ってあり、すべてがアメリカ製で、すべてが20年以上の年季が入っていて、タバコの煙で黄ばんでいた。
米国兵士のスナップ写真もそれらに混じっており、軍の階級章や勲章のようなものも時々貼られていた。
カウンターには一人の男が、私に背を向けて座っていた。そのほかに誰もいなかった。
2つのテーブル席には、飲みかけのグラスや、フライドチキンが乗っていたらしいバスケットなどが、片付けられずに残っていた。
男はカウンターに寄りかかったまま、眠っているようだった。私はカウンターに歩み寄り、男をのぞき込んだ。宮本だった。
私は宮本を揺り動かして、いった。
「すみません。ビール、いただけませんか」
「・・・・」
宮本は寝ぼけ目を開けて、私を見た。「はい・・・。あ、いらっしゃい」
私はいった。
「宮本さんですね」
「ええ。そうですが」
「私の声に、聞き覚えはありませんか?」
宮本は、焦点の定まらない目で私を見た。
「あなた、どなたですか」
「やっぱりそうだ。あなたのところへは、一度、お見舞いにいったんですがね。あなた昏睡状態だったから、声は聞けなかった。初めてお声を聞きます。やっぱり、あなたか」
「・・・・」
「私のところへ電話をくださったのは、今度の公演のための練習だったんでしょうか」
「あなたは。玖村という人か」
「そうです」
「そうか・・・」
宮本は私を見たまま、黙り込んだ。
「なぜ、あんな電話をかけてきたんですか」
「河合に頼まれて」
宮本はカウンターの黒いニスが塗られた表面を見て、目を動かさずにいった。
「河合に借りがあったもので」
「あれをやれば、借金をまけてやるとでもいったんでしょうか、河合は」
「やらなければ、もっと酷いことになる、といった」
「内田も、まんまとあなたに騙された。名演技だったわけだ」
・・・・・・・つづく




