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第7話:土橋は少しだけ過去を語る

 事の顛末はこうだ。


 まず同居している従姉妹さんが寝込み始めましたと。


 あまりにも高熱でうなされていて、看病しなきゃとなりましたと。


 しかし土橋の父は将棋の大会、母は朝からパートに出かけ、家に残されたのは土橋1人になりましたと。


 仕方ないので今日は休みにしましたと。


「お兄……私のことはどうでもいいから、学校行ってって言ったのに」


 濱元はそう言いつつポカリを飲んでいた。やはり体調が悪いようだ。濱元と表札に書いてあって、この子は濱元さんらしい。本来はこの子の家なのだろうか。


「お前いつまでそんな話してんだ? こっちはサボる口実できたし別にいいんだよ」


 そう言いつつ土橋はエプロンを身につけてお粥を作っていた。ネギを刻む音がザクザクと響いていた。その姿もまたかっこいいと楓は思った。箸が落ちても笑う年頃だから、箸を持っているだけでイケメンと思ってしまうのだ。


 楓は色々と聞きたくなった。何よりも1番気になったのは、この子の両親のことだ。リビングには写真も飾られていたが、土橋の写っているものはひとつもなく、目の前の少し吊り目で顔を小さい女の子が大人の男女と写っている写真しかなかった。


 何があったのだろうか。天涯孤独になってしまったり、したのだろうか。そんな可能性もあるかと思うと、どうにも詳しく聞く気になれなかった。


 やはり楓は、質問するのが怖いのだ。深く知ってしまおうとして、誰かを傷つけてしまうんじゃないかと。だからいつもおどおどと、今もお粥を運ぶことしかできない。


「ほら、晴菜ありがとうは?」


「うるさい!!……ありがとう」


 晴菜……濱元晴菜さんというのか。楓はようやく濱元の本名を理解した。


「しんどくなったら言ってね……着替えとってこようか?」


「……大丈夫」


 中学生くらいだろうか。ぷいっとそっぽを向かれて、楓は何も言えずにその場を離れた。他にやれることはないだろうか……


「あの……さ」


「ん?」


「土橋くん」


「うん」


「包丁、ある?」


「誰か刺し殺すの?」


 なんでその返しになるの!?!?!?


「や、ちが…………ちがう…………」


「違うんだ」


 そりゃそうでしょうに。


「りんごの皮むきをしようと思ってさ」


「あーわかった。はい」


 と言って土橋は包丁を手渡してきた。ちゃんと刃は土橋側を向いていた。それに気がつかないで、楓は自然な動きで包丁を手にした。そして土橋の隣に立って、流しでリンゴを剥き始めた。


 なるほど、こうやって彼女は距離を縮めにかかったのか……従姉妹さんにリンゴを振る舞いつつ家庭的アピールを敢行しているのかなどと賢明な皆様は思ったかもしれない。しかしながらそんな気持ちは彼女に皆無だった。隣に立つのも、彼女はほとんど意識していなかった。


「うちの家さ」


 土橋は少しだけ、身の上を話したくなった。理屈じゃなかった。この人なら、変な偏見なしに聞いてくれると妙な確信があったのだ。


「父親はプロのなり損ないでさ。あっ、プロって将棋のな」


 藤井くんみたいな感じだろうか。楓の拙い知識ではプロの将棋と聞いて彼しか出てこなかった。


「もう少しでプロってところまで来て成れなくて、何回もリベンジしてるんだけど入れなくて、今でも将棋に何時間もかけて……収入はアマチュア将棋の賞金だけ。年に100万もない」


 土橋は小さくため息をついた。


「それじゃあ生きていけないからって、母はパートで働き詰め。幼い頃からほとんど家に居なくて、今は自分の大学に行く費用を貯めてくれてる。そんな家だからずっと格安のアパートに住んでたんだけどさ……」


「……うん」


 楓は少し相槌を打った。


「ここの家は、本当は叔母さんの持ち家だよ。父親の妹さん夫婦が家を買った後で海外転勤になって、それで娘の面倒を見るついでにここに住み始めた。2年くらい前かな。あいつ……晴菜は有名な私立中学に入れたから、海外に行って転校させたくなかったんだと」


「随分勝手だね……」


「まあでもこっちは断る理由はないし。でも生活は変わらなくて、父親も母親も全然家に居ない。だから、こうして晴菜が何かあったら俺が残らなきゃいけないんだよ」


「もう私中3なんだから、ほっといてよ」


 しかしながら濱元はあまり納得していない様子だった。子供扱いしているということだろうか。楓はリンゴを剥き終わり、皿に置いた。


「熱が38.5度より下がったら考える。それまでは看病だ」


「そんなあ……あっ、ありがとうございます」


 ソファーに寝転んでいたのに、わざわざ起き上がって丁寧に挨拶を返していただけた。濱元は少し楓の存在に慣れてきていた。少なくとも、悪い人ではないと思い始めていた。


 楓はリンゴを提供した後で、流しに帰ってきた。そして包丁を洗い始める。


「なんだ、土橋くんだって優しいね」


 そう返した楓の顔はとても爽やかで、それを見た土橋は少しそっぽを向きつつ洗い物に終始していた。土橋は照れたのかどうか? さあ……どうだろう。


 わかるのは、その日から土橋にとって内山楓が単なるクラスメイトの枠組みから外れ、少し気になる女性のカテゴリーに初めて入り込んだことだった。



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