1-8 代償
何かがおかしいと感じた。
男のセリフだ。男の発する言葉の節々に、なんとなくとしか言えないような微かな違和感がした。
――無事に連れてくる――無傷なわけがない――殺した――ただの自己再生――。
理湖の頭の中で男の言葉、そのひとつひとつがぶつ切りの途中式を構築していく。
「物事には代償ってものがあるんだよネェ。買収には対価が、幸福には不幸が、命には命が、ネェ。等価交換なんて言わねぇよ、この世界は往々にして代償の方が大きいものだからネェ」
――自己再生――傷が治る代償――命には命――。
自分の傷を直す代償に一体どんな代償を払えばいいというのか。
(まさか、寿命が縮まるとかじゃないわよね)
考えて、すぐに頭を振るう。先ほど見いだした途中式を組み立てれば、その答えはいとも簡単に浮かび上がってくる。
(でも……そんな、こと……)
そんなことは、考えたくもなかった。
「不安そうにしなくても大丈夫ダヨ。お嬢ちゃんの代償はお嬢ちゃんが支払うわけじゃないんだからサァ」
(駄目……違う……そんな……)
悪夢のような回答が色濃く刻まれていく。答案を見直すように先の思考が繰り返される。
誤って理瑚を殴った黒服が動かなかったことも、周りの黒服が妙に緊張していたことも、眠らせた理瑚を優しく受け止め運び出していた黒服の行動も、もしかしたら、もしかしたら、もしかしたら――。
「お嬢ちゃんの代償は周りが肩代わりしてるんだからサァ」
あまりにも呆気なく、あまりにも軽快に、あまりにもぞんざいに、男は悪魔のように告げた。
「なによ……、それ……、」
言葉の意味などわかっていた。それでも――。その言葉を簡単に受け入れる訳にはいかなかった。
「なにも、それも、お嬢ちゃんの傷を直すために、周りがその代償として命を差し出してるってことでショ。命には命を、ってネェ」
男は飴を咥えたまま嘲るように下品な笑みを浮かべて告げる。
「くひゃはは、お嬢ちゃんは自分の傷を治癒するたびに、周りから命を吸収してるってことダナ」
聞きたくなかった真実が、知りたくなかった事実が、認めたくなかった現実が、理瑚の精神を漂白していく。人でありたいと、理瑚が今まで積み上げてきた一切が水泡のように霧散していった。
治癒能力者であることでさえ、その事実は理瑚を苦しめていた。
たったそれだけの能力が理瑚に人でありたいなどという悲しい望みを抱かせていた。
そして、それだけではなかった能力が、真に人の域を超えた能力が、その悲しい望みさえも踏みにじる。
もう人ではないのだと、そう告げる。
そして、少女が望んでいた幻想を嘲るように、男はさらに告げる。
「理解出来たカイ? お嬢ちゃんが人類を破滅させる化物なのだということがサァ」