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Fコード  作者: 東楽
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1-4 襲撃者

 ――およそ二時間。

 謎のやる気スイッチが入った柑奈の求愛行動からなんとか抜け出した理瑚は、満身創痍ようやくの帰宅に至っていた。


 扉を開けると、森林浴にでも赴いたような緑の青々しい空気が鼻をくすぐった。


 家の中は玄関からリビングに至るまで、家中が悪意にでも満ちているかのように観葉植物に覆われていた。

 廊下や部屋の至る所に天井まで届きそうな程の大きな観葉植物、それらを取り囲むように小型の鉢植えが並べられ、ありとあらゆる種類のハーブが植えられている。背の高い木々と葉、足元を飾るハーブの渋滞は、茶と緑の縞模様で家中を彩っている。

 庭に至ってはリアルジャングルジムだ、と近所の子供たちが騒ぐ程の評判ぶりだ。


 その光景は、もはや悪趣味を通り越してどこか執念じみたものさえ感じさせる。最近は熱帯魚にも興味を持ち始めた様子で、見る見るうちに屋内はカラフルに変貌していた。


「父さんの収集癖も病気の域ね……」


 コツコツと、大人買い的に集められる収集物たちは、さすがに家の許容量を超えるのだろう、定期的、不定期的に入れ替えられているようだった。

 植物に詳しくない理瑚には観葉植物もハーブも、どれも同じように見え、たとえ入れ替わったとしても毛先を整えた位の違和感も抱かないでいたが。


 理瑚は時折、そうして家中に静置された植物を眺めていると、本当にそれが生きているのかわからなくなることがあった。

 動かず自己主張のない植物に生と死の違いを判別できない。それはある種、陳列棚に並べられた精肉を生命の成れの果てだと思えないのに似ている。


 生物は他の生命を糧にして生きている。と、そんな内容だったはずだ。豚という生命を笑顔で頬張る家族を映しだし、感情移入を誘うナレーションが告げていた。


 理瑚は虚ろな瞳で室内を見渡した。

 映るのは父親の揃えた観葉植物や熱帯魚ばかりで、自分が今、密林にでもいるような気さえしてしまう。そうして理瑚の周りに静かに佇む植物は、それでも立派に生きる生命なのだ。動く動かない、話す話さないではなく。


 豚だけでなく、家畜だけでなく、動物だけでなく。植物も、虫も、時に微生物までも人は生きるためにその『生』と『死』を利用している。

 この世界は生命に溢れている。と同時に、生命は他生命の犠牲の上に生きている。ならば、この世界は死に溢れているとも言えるのではないだろうか。


 生物は他生物の命で生きている。

 繰り返しその言葉が脳裏を巡る。


 しかしならば、自己治癒というチート能力を持つ自分はどうなのだろう。

 確かに理瑚も他生命を食事や科学技術として利用し生きている。しかし理瑚自身は他生命が生きるための犠牲となり得るのか。

 死ぬことの無い体は、死して、朽ち果てて誰かの糧となることもない。生態系の頂点に立ちながら、食物連鎖の輪からは剥落している。


 理瑚の前では、食物は連鎖せずに閉鎖する。


 理瑚以外の下位は皆誰かの食料であり、終局的にそこには死が溢れている。

 『死』で溢れる世界に、自分だけが『生』の象徴として存在している。


 詩人でもあるまいに――と、理瑚は自嘲気味に笑う。



 ――ガゴゴンッ。

 

 突如荒々しく打ち鳴らされた扉の轟音が理瑚の滑稽な妄想を吹き飛ばした。

 それはノックというような優しい音ではなかったが、壁一枚隔てた部屋からでは、荒々しいノックにも聞こえてしまう。


 理瑚は、どうしてチャイムがあるのにノックしてくる訪問者とはこうも人に不快な気持ちを抱かせるのか、と半ば真剣に考察しながら玄関へと向かった――が、すぐさまその足を止めることになった。


 玄関を前にした理瑚の目には、拳の猛打に耐える扉が映し出されるはずだった。

 しかしそんな扉は存在しない。厳重に家門も守り、たくましく主を迎え待つその扉はすでに大きく開かれ、あまつさえ不安定に傾いている。


 そしてその開け放たれた扉から数人の不審人物が乗り込んできていた。


 玄関を占拠する黒服の集団――黒く沈んだ厚手の合成繊維の衣服に、ボディービルダーを彷彿とさせる重厚なチョッキを身に纏っている。強盗よろしくの黒マスクで顔を隠し、口元に小型のガスボンベのような突起を備えたその姿は、どこぞの国の特殊部隊かとも思わせる。

 よく見れば保護色のように服装の色に馴染んで、平和大国では自警の意ですら疎まれそうな武器が腰元に装備されている。


 理瑚は一歩、身を引いた。


 黒服達が装備する武器からではない。

 武器など再生能力のある自分には無意味だと理瑚は理解していた。もっと別の、そう、この異様な雰囲気から。

 異様な統率力と、携えた武器は何一つ構えず、いつでも瞬時に動き出せるようにと腰を低く構え、時を謀る姿勢――豊富な実践を積んできたかの様な黒服達の異様な雰囲気からだ。


 超能力を疎む連中か、それとも利用しようとする連中だろうか。

 いつかはそんな連中に狙われる日が来るのではないかと考えたこともあったが。まさか今、本当にやってくるとは思ってもみなかった。


 どうするべきかと、理瑚は思考を巡らせた。

 応戦すべきか――実際、理瑚には護身術の覚えはある。この特殊な体と合わせれば、武装集団相手でも善戦できるだろう。しかし、迂闊に応戦して良いものだろうか、とも思う。


 最善策を見出そうと苦悩する理瑚であったが、考えるよりもすぐに行動すべきだった。


 ――視界がぐらついた。


 気づくのは遅く、理瑚は平衡感覚に違和感を覚えた。

 強烈に瞼が重量感を盛っていき、視界がぼんやりと白んでいく。

 黒服達が催眠ガスでも使ったのだろうかと訝るも、濃霧がかかったようにぼやけた視界では、相手が何人いたかも確認出来ない。まして武器を構えているのかどうかも、その距離を縮めているかもわからなかった。


 足音も聞こえない――聴覚も閉ざされかけていることにようやく気づく。

 思考も停滞していた。


 不安定に揺れる思考の中で、理瑚は自分に残された術がないことを悟った。その時を待ち構えていたかのように、諦めは体を眠りへと(いざな)っていく。


 脱力した身体が自重を支えるのを放棄し、空気を切り裂いて落ちて行くのを感じた。

 徐々に近づく床をぼんやりと視界で捉えながら、床に叩きつけられた傷くらいすぐ治癒するだろうと緩慢な思考が告げる――が、崩れ落ちるかと思った次の瞬間、いくつもの手が、腕が、優しく理瑚を支えていた。

 抱き抱えられるような部分的な粗粗しさもなく、ハンモックにでも身をあずけているような浮遊感さえ感じる。


 ボディビルダー風のチョッキが思いのほかふんわり素材であったことを知った。


 理瑚は自分を優しく抱えて運び出そうとする相手を、薄れゆく意識で確認しようとするが、その顔はマスクで閉ざされ、表情すら伺うこともできなかった。


「おい、そこらへんの葉っぱも持てるだけ持っていけ」


 黒服の一人が野太い声で言った。


 あのハーブって高価だったのかな――と、消えゆく意識の中で理瑚はつぶやいていた。

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