2-14 物語の終焉
「そんなことより、そっちの話はどうなったのよ」
桃太郎のお供の話で盛り上がってしまったが、本題は過去に起きたという超能力に纏わる物語だ。
『貴女も知って通り、人類は存続しています。つまりは神の思惑は見事に打ち破れたのです。そうして、人類は何もなかったのかのように、いつもどおりの日常に戻りましたとさ。めでたいしめでたし』
「単純にめでたしで終わりってワケじゃないでしょ。超能力はどうしたのよ。ていうか、なんでその人類滅亡計画という殺し合いに超能力が必要なのよ」
ただ殺し合うだけなら武器を持たせて無人島へ放り込むだけでも良さそうなものだ。
『もちろんこれで終わりではありません。この物語には続きがあります。いえ、裏というべきでしょうか。ふぅむ、エラー、副作用、どれもしっくりとこないですが。
まぁ何故超能力が必要だったか、というのは、単なる動機付けのためでしょう。なんといっても、人類を滅亡したいと考える人間に思う存分暴れてもらわないといけませんから。
いくら世界を憎む人間といっても、凡人には荷が重すぎて二の足を踏んでしまう。しかし超能力、なんて魅力的な才能があれば「もしかしたら」と思わせることができる。「もしかしたらこの能力で憎き世界を消しされる」とね。
たかだかそんなことのために歪めてしまったんですよ。何をかって? 世界の理、に決まっているじゃないですが』
歪んだ理。
絡まった靴紐を放置すれば更に複雑に絡まってしまうように歪みは大きくなる。そしていつしか硬い結び目を作ってしまった。強固な理として残ってしまった。
『そもそもは、人類滅亡を望む人間の動機付けのためであった超能力は、今となっては人類の繁栄に利用されるようになってしまいました。
人類の滅亡を画策した神は皮肉にも人類の繁栄に影響してしまった。そう皮肉にも……そういう意味で僕たち超能力者は二重の意味で神が望まない存在なんですよ。
世界の理、神様のプログラム、それらの歪みが生み出した存在。さしずめエラーコードというところですかね』
「それが私たちの超能力の起源……」
到底信じられる話ではなかった。しかし、草獅子の話はまだ続く。
『いや貴女の起源は更に先になります。超能力者が次々と現れるようになった、そんな歪んだ理の中、神の真理を担う能力が派生した。まあ突然変異という言い方もできますが。
超の付く僕らの能力に、さらなる異常性を伴わせてその能力は現れました。それは他者の命を消費する超能力です』
他者の命を消費する。
その言葉に息を呑む。まさに理瑚の能力そのものだ。
『ボクらをエラーコードとするなら、その能力は神の生み出した正規のコード。修正プログラムといったところでしょうか。僕ら、いえ元は企業の方針として、そんな能力者に便宜上、区別するために文字をつけました。要らぬ情を抱かないようにと』
要らぬ情。それは死刑宣告にも似た冷たく乱暴な言葉だ。
『――Fコード。』
「Fコード?」
理瑚はただ復唱する。
もう理瑚には何かを考える余裕はなくなっていた。桃太郎を象徴する、背中の誇大広告だけが寂しげに風になびく。
『Fコード。それが貴女に突き付けられた運命です』
その能力は人類を滅ぼすためのもの。何もかもを奪い、誰も彼もを殺す。
『そう思いつめることもないですよ。人類を脅かす驚異の能力を持っていたとして、でもだからといって貴女が人類を滅亡させなければならないわけじゃない。
桃から生まれたから鬼退治に向かう、鬼に生まれたから人々を苦しめる、そんなルールはどこにもない。
物語というものは、読者の思うように解釈され、作者の都合で改竄され、登場人物の望むままに展開するものですから。
貴女は貴女の物語の中で、ただ平凡に、好き勝手に、自分勝手に、自分本位に生きればいい』
何故か理瑚を励まそうとする草獅子の言葉にも、理瑚は顔を上げない。
平凡になんて生きられるわけがない。好き勝手にできるわけがない。生きてなんていられるわけがない。
『とは言っても、貴女にはどうかこの世界を守ってほしいですね。僕はこの世界が好きだったのでね』
――守る、という単語に透輝の言葉がよみがえる。
でも、守れなどしないのだ。仮に草獅子の話が本当だとすれば、自分の能力は神の望んだ、人類を滅亡させるためだけの能力なのだから。それでも何かを守れるというなら、神の意向を挫けるというなら、それは――。
『そろそろこの物語も終わりですね。甲走透輝さんも、一緒にいるお友達も無事のようです。来来来さんには悪いことをしましたが……』
どこか寂し気に草獅子は告げる。
ふと、理瑚は顔を上げる。先ほどから草獅子の態度に違和感を覚えた。確かに鬼退治が終われば物語は終了するだろうが、結局、草獅子と自分は話していただけだった。
『貴女はどうか迎えて下さい。皆が望む、いや貴女が望むハッピーエンドというものを』
やはり、気にかかる。草獅子の言葉は、まるで自分はハッピーエンドを向かられなかったかのような物言いだ。
「ちょっと、あんた――」
問いただすよりも先に空間が歪み始めた。この世界に放り込まれた時と同じだ。
辺りの色彩が一点に収束していくように混ざり合って、やがて暗闇が訪れる。今度は色彩が分化して元のコンクリートに囲まれた部屋へと戻っていく。