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Fコード  作者: 東楽
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2-5 草獅子音戯


「そんなことありませんよ!」


 草獅子音戯(くさじしおとぎ)はいつになく声を荒げていた。

 甘ったるくも甲高い声で、隣を歩く(おも)(しげ)()()()に異議を申し立てる。重重の歩幅が大きいせいか、少々小走り気味になっていた。


「つっても、不便だろあんなとこ。市場なんて業者にしか価値ねぇだろって」


 引きこもり、という話題に矛先を向けると、途端にヒステリックに変貌する雇い主の少年に赤黒い髪を掻きむしりながら嘆息する。


「コンビナートに居れば食には困らないし、盗電はし放題だし、だいたい僕には他にもビジネスがあるんですよ。与えられた任務くらい自分たちでどうにかして欲しいものですよ。まったく」


 腕を組くむその姿は怒り具合を表しているようだ。小学生低学年並みの貧弱な体では寒さに震えているように見えてしまう。


「音戯も少しは外に出て、体の一つも動かした方がいいんだよ」


 重重は部屋でゲームばかりする子供を持つ親の心境であった。


「やだなぁ、僕の体は元から一つですよ」

「そういう意味じゃねぇよ」

「それに、身体を動かすにしても室内で十分でしょう。何のためにスポーツジムというものがあると思っているんですか」

「だからって、公共市場の地下に勝手にプライベートジム作ってんじゃねぇよ。だいたい音戯はいつも考え方がぶっ飛んでんだよ」


 公共市場の一角に本拠を構える草獅子は、引きこもりすぎて運動不足にならないようにと公共市場の地下を改造しスポーツジムを作っていた。

 とは言っても利用するのは草獅子だけであり、毎日市場で働いている人々ですら、自分たちの足の下にジムが開設されていることは知る由もない。


「そうでしょうか、そのようなことを言われたことはありませんが」

「それは、音戯が真面に人と話してないからだろ?」

「それは違いますね。皆が真面に僕と話してくれないんですよ」

「物は言いようだな」

「僕とちゃんと話してくれるのは、来来来さんかビジネス相手だけです」


 内容は実に残念だったが、当人の重重にとっては人付き合いの苦手な少年に少しでも懐かれているようでもあり、少々面映ゆい。


「あぁ、そーだ。そのビジネス相手、飴野郎がしっかりやってりゃ、んな苦労することも無かったっつーのに。まぁ、思わぬ収穫もありそうなんだけど」

()()()()()()()()みたいな男でしたが、あれほど使えない大人だとは」

「アレは後者の方だからな」

「後者とは?」


 つまらなそうに応える重重に、草獅子が尋ねる。


「この世には二通りの人間がいるっつーことだよ」

「よくありますね、そういう格言みたいなの。何かを基準にしたら二通りに分けられるのは究極的に当たり前のことですけど」


「この世には二通りの人間がいる。アタシに殴り殺される人間と、アタシに踏み潰される人間だ」

「そういう格言は初めてですね……」


 予想の遥か上の格言に、草獅子はそう答えるにとどめておく。


「因みに音戯は前者だから」

「聞きたくない真実です。――で、それは良いことなのですか?」

「当たり前だろ。誰でも足蹴にされるよりは良いだろ?」

「それは、人によると思いますけれど。まぁ、ともかく、来来来さんには期待していますよ」

「はんっ。アタシはアタシの目的のために戦うだけだっつーの」


 そうこう言い合ううちに二人は目的地に到着していた。

 住宅街の外れに申し訳なさげに中小企業の作業場が立ち並ぶ。その一角、カラースプレーで悪趣味なデコレーションを施された小さな工場(こうば)だ。大きさは乗用車なら一〇台は軽く収容できるくらいだろうか。


 工場(こうば)の脇には車のホイールや外郭の取り払われた残骸が無造作に放置されていた。

 重重は閉ざされたシャッターの前に立つと、礼儀正しくソレを2、3度ノックした。


 ――ドガゴン。

 3度のノックでシャッターは容易く打ち破られる。それはノックという名の襲撃だった。


 工場の中は古ぼけた家具が散在し、そのウチの一つに高校生くらいの少女が二人、もつれ合っていた。

 唐突に打ち破られたシャッターを目の当たりにして状況を把握できず、呆気にこちらを伺っている。

 そのすぐ隣にあの男が立っているのが見えた。


「君が自ら人の家を訪れる日が来るとはね」


 シャッターを破られたことが何でもなかったかのように、その男だけは物知り顔で淡々と言葉を繰り出す。


「久しぶり――、でしたでしょうか?」

「うん、どうだろうね。あの企業『HESPERIDES』にいた頃はそれなりにお世話になった気もするけどね」

「とは言っても、僕も出社はしていなかったですから。基本はオブザーバーでしたし」

「それじゃ、はじめまして、ってことで」

「あああアアアァァァァァァーーー。まどろっこしいアイサツなんざいらねぇ、音戯っ!」


 ――――――――。


 一瞬世界がぐにゃりと歪んだ。絵の具が混ざり合うように世界が一色に染まり、次第に黄緑色を帯びていく。

 そこは青々と茂り、高々と突き抜けた青竹に囲まれた異空間だ。竹取の翁になったつもりで頑張って、などと重重の頭の奥に直接草獅子の声が流れる。


「だから、何なんだよそれは」


 重重は独りごちて、しかしすぐに気を引き締める。


(やっと見つけた。私の居場所を奪ったあの男を――)



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