2-4 レプリカ
透輝は理瑚の目の前に小さな円筒形のケースを差し出す。ケースは透明になっていて中央に金色に光る球体が浮かんでいる。金色の球体からは、静電気のように幾重もの金色の触手が踊っている。
「これは?」
「いやあ、行きがけの駄賃に研究所からくすね――もとい、貰ったものなんだけど」
透輝の口ぶりから正当に手に入れたモノではないらしい。
それよりも理瑚の注意を奪っていたのは、ケースの中から放たれている金色の光だった。その光は昨日、柑奈が傷を負ったときに体を取り巻いていたものと同じ輝きだった。
「これは柑奈ちゃんの『生命の泉』という能力を切り取ったものなんだよ」
「柑奈の能力切り取った?」
「正確には切り取ったものは能力そのモノじゃないんだけどね。幹細胞から培養したとかなんとか、もともとはプラナリア実験の――、」
「ちょっと透輝。黙ってくれない、口を噤んでてよ、縫ってあげよっか」
「最後だけ妙に恐ろしいんだけど!?」
透輝の説明を柑奈が怒気をはらんだ満面の笑みで封殺する。
透輝の言いかけたプラナリア実験とは、身体を切断しても分裂して生きていくという生物のことだ。
理瑚は自分がただの治癒能力者だと思っていた頃に考えていた妄想を思い出す。それは切り刻んでも、どんな危険な薬品を使っても、決して消費することがない実験動物として扱われるいう恐ろしい妄想だ。
切断された腕すら治癒できるなら、腕から残りの身体すべてを再生することは出来るか、と考える人間もいるだろう。そしてそれを実行する人間も。
「ま、まあ。彼らの中にも多少倫理的な価値観を残している人もいたのが救いだったよね。それはともかく、そのケースの中に入っているものは柑奈ちゃんの幹細胞から分化させた『生命の泉』のレプリカといったところかな」
ケースの中に入っているのは、柑奈の『生命の泉』という能力を発現しているらしい。
元々の研究は椎谷柑奈という超能力者のクローンを作成しようとしたもので、その小さな光の球体は研究の過程で生れた産物の一つだ。
これ以上大きくなることも、人間という形に分化することもなく、他者がその球体の能力を扱うことができるわけでもない。結果として利用価値は無いに等しかったが、処分するにしても研究者を悩ませる代物であった。
何せ、まがいなりにも『生命の泉』を発現しているその球体は、切ろうが燃やそうが朽ちることがないのだ。それはある種、枯れることの無い命の源泉そのものだった。
「いくら『生命の泉』という能力を持っていたとしても、その恩恵を受けるのはその小さな球体だけだから使いようがないモノのはずなんだけど――」
透輝は、ケースを理瑚に渡して続ける。
「理瑚ちゃんにとっては得難いアイテムになるじゃないかな」
理瑚の能力『命拾い』は理瑚が傷ついた時、理瑚から同心球上により近い生命から命を拾い集めていく。もし理瑚の近くに枯渇することの無い命があれば、それより外に能力が及ぶことはなくなる。
「理瑚ちゃんの能力は理瑚ちゃんの意志とは関係なく周りの命を奪っていく。でも、理瑚ちゃんが『生命の泉』のレプリカであるその球体を身近に持っていれば、その球体の命が枯れ無いうちは、望まずに周りの命を奪ってしまうことはない」
透輝の説明に、理瑚は知らず光る球体が入ったケースを持つ手に力を込めていた。
それを持っているうちは周りの命を勝手に奪ってしまうことが無い。それは、理瑚が「化物」でなく「人」としていられるということでもあった。
話の間中もずっと理瑚を抱きしめていた柑奈の腕の力も少し強くなったのを感じる。
理瑚が知るよりも早く、理瑚の恐ろしい能力を知っていた柑奈にとっては、理瑚が自身の能力を気にせずに生きていける世界こそがずっと夢見てきたものなのだ。
「自分がずっとそばにいる」と言ってはばからない柑奈ではあったが、現実的にも物理的にも言葉通りのずっと――四六時中そばにいることができない以上、そういったアイテムがあったことは、研究の被害者ともいえる柑奈にも不幸中の幸いであった。
いや、その小さな光の球体は柑奈の幹細胞から生み出され分身とも言える。それを理瑚が肌身離さず持ちあるこいうことは、柑奈に言わせれば最適で、最善で、最良であった。
「それにしてもあの黒服たちはどうするつもりだったのかな? 理瑚ちゃんを誘拐なんかして。ふん縛って問い詰めればよかったかな?」
依然として理瑚から抱き着いて離れない柑奈が疑問を口にした。
当初、透輝と柑奈は、理瑚に『命拾い』という能力のことを伝え、今のように『生命の泉』のレプリカを渡すことで周りや理瑚自身の身を守らせるという予定だった。
しかし、柑奈が透輝と合流して理瑚の家を訪れた時には、黒服の集団に襲われた後だった。慌てて追いかけた先があの食品コンビナートの騒ぎだったというわけだ。
「それは無意味だろうね」
柑奈の疑問に、対して透輝は訳知り顔で返す
「どういうこと?」
「彼らは運び屋だろうからね。僕にも変わった運び屋の知り合いがいるけど。彼らは依頼主の思惑なんて関係なく、金さえ払えば何でも、何処へでも運ぶからね。思惑の詮索なんて無意味だろうね」
「でも、依頼主くらいはわかるでしょ」
「依頼主なら知っているよ」
「へっ!?」
「えっ!?」
軽く答える透輝に、二人は同時に間の抜けた声を上げる。
「まあ、あんな近くにいても出張ってこないんだから、そこまでの執着はないんじゃないかな。気にすることないと思うけど」




