1-15 椎谷柑奈
――柑奈は目の前の少女が好きだった。
歪んだ感情だと透輝には言われていたが、それでも柑奈が少女から離れることはなかった。
『生命の泉』
死ぬことのないその身で、柑奈には生きるということへの意義を見出すことができなかった。
頑張らなくても、何をしなくても、死ぬことはない。必死で生きる必要性など何処に見いだせるというのか。
生きるために生きている周りの人間を見渡して、柑奈はメランコリックに溜息を漏らす。
柑奈の能力をどこで嗅ぎつけたのか、ある日、甲走透輝と名乗る男がアルバイトを提供してきた。だが、それらをこなしていても柑奈の憂鬱が晴れることはなかった。
――その日、死ぬことも出来ず茫然自失として生きていた柑奈は、ある少女に出会った。
それは、周りの命を尽く蝕んでいく化物だった――柑奈にはふさわしい化物だった。
化物は自身の近くから同心球上の命を必要な分だけ搾取していく能力者だった。それは無自覚に、無慈悲に他者の命を拾い集めていく。
Fコード『命拾い』。
透輝がいつしかそう呼んでいた。
柑奈の、生命の泉という能力がどこまで有効なのかはわからなかった。それでも日常生活においては柑奈が傍にいるだけで、柑奈が命を奪われているだけで、他の誰かがその化物の犠牲になることはなかった。少女に罪を負わせることはなかった。
柑奈はようやく生きる意味を見いだせた――死ぬことのない柑奈だからこそ少女の傍に居ることができる。居座り続けることができる。
少女にとっても、柑奈にとっても、その化物の隣は、後ろの席は柑奈だけの居場所だった。
すべてを殺す化物には死ぬことのない柑奈だけが対等なはずで、その自分だけが必要とされる事実に、柑奈は自身のレゾンデートルを感じていた。
少女はいつも虚ろな表情でひとり佇んでいた。
化物の能力のことは本人も知らないはずであったが、他人を避けるように、深入りしないように生きている節があった。
周りの人間も――これは無意識に生命の防衛機能が働いているらしいのだが、少女に不必要に接することはなかった。
少女の虚ろなその表情は、内心で安堵しているようにも、ただただ寂しそうにしているようにも見えた。
まるでその、孤高の能力を象徴するかのような少女の立ち位置に、柑奈は息を飲んだ。
なぜこの少女がそんな目に合うのか。
なぜこの少女にそんな運命を背負わせるのか。
不意に寂しげに周りを眺める、それでも少女は決して誰かと深く関わろうとはしなかった。
何かしらの能力者であることは気づいているのであろう。それが誰かの命を奪うものだとは思いもしなかったとしても、それでも超能力を隠すために異常なまでに人と接していないのだろう。
それがどんなに寂しくて、孤独で、辛いことであったとしても。
柑奈がフザケたようにちょっかいを出すと、少しだけ少女は笑ってくれた。
そんなたわいのない笑顔に――自分だけに向けられた笑顔に、柑奈の心は奪われた。
――柑奈は少女が好きだった。
それは歪で、偏っていて、独りよがりな理由だが。それでも、少女には自分の隣で笑っていて欲しかった。自分が傍にいることで笑っていて欲しかった。
誰かがそれはエゴだと言ったとしても――柑奈は少女の隣に居座り続ける。
ゆえにエゴイスト。
誰もが忌避するその席を、柑奈一人が執着し、着席し続ける。
少女が化物だというのなら、自分もそれに対等な化生になってみせる。どんなに醜くいものにでも、どんなに恐ろしいものにでもなってみせる。
だから――。
柑奈は答えた。
その思いを、その気持ちを――少女の問に精一杯明るい声で、表情で、アッケラカンと答えてみせた。
「やだなぁ、理瑚ちゃん。私はタダの怪物だよ」




