1-12 死神
「理瑚ちゃんは……、私の嫁だーーーー!!」
――へ?
思わず間抜けに漏らしてしまった。そんな皆のキョトンも、意に介さず柑奈は続ける。
「よって、理瑚ちゃんと私の間にあるのは友情なんかじゃない。私たちの間にあるのは愛情。そして劣情。そして扇情」
「いつから……、いつから、私とあんたがそんな爛れた関係になってんのよ!」
思考の追っつかない理瑚の精一杯のツッコミにも、細かいことは気にしない気にしない、となぜか嬉しそうに柑奈は答える。
一方の飴男は文字通り唖然と大口を開け、呆けていた。
気を削がれた口から飴がスルリと地面へと落下し――かけたところで、何故か飴は上昇を始め落下時と同じ経路をたどって男の口元へと戻った。まるでビデオの巻き戻しのように。
飴が戻り男はハッと我に返った。
「何をシタ?」
誰にともなく問いただす。
「さーてね。食の新たな可能性。って、やつじゃない?」
「自動的に口元に帰る食品なんて薄気味悪だけだし」
透輝いけしゃあしゃあと答え、柑奈がぼそりと吐き捨てる。
男は飴をガリリと噛み締める。目の前で繰り広げられるおフザケにフツフツと怒りが湧いてきていた。
「うざってぇナァ、どいつもこいつもヨォ」
怒気を孕む声に、透輝はいつの間にか理瑚や柑奈の傍まで来ていて、酔いの不調が収まったのか幾分滑らかに返す。
「まあまあ、そう興奮しないでよ。君の能力――死神の鎌は人の死を、死に至るための過程、運命を操る能力でしょ。そんな大雑把な反則技、ホイホイ使われて白波瀬理瑚に傷でも作ったらどうするんだい? それこそ皆死んでしまうよ。死運を全うするよ」
「確かに化物嬢ちゃんは下手に傷つけられないし、邪魔者嬢ちゃんは死なないみたいだしナァ。だけれども、テメエはどうなンダ? ――失血死」
飴男は言うと同時に懐から拳銃を取り出し、透輝へと発砲した。
対する透輝は、飴男のその行動を予見していたとでも言うように、難なく銃撃を防いだ――近くに立っていた柑奈をヒョイっと引き寄せてその盾にして。
銃弾は神奈の胸を貫き、夥しいほどの流血を引き起こした――が直ぐにその決壊は光の触手によって修繕されていった。流血もあっという間に止まってしまった。もし、その能力がなければ多量の出血により、失血死していただろう。
「柑奈!? ちょっとアンタ!」
「平気だよ、理瑚ちゃん」
透輝の所業に驚き、瞋恚に声を荒げる理瑚をすぐさま柑奈が制した。胸を打たれたためか、治癒されていても少々息が切れている。
「やっぱそういう能力か。拳銃なんてチャチなもの使ってると思ったら、その能力を補強していたってことだね。いや、能力自体が補強なのかな。被弾したからって必ず死ぬわけじゃあない――だから君の能力で確実に死亡させる。失血死という形でね」
理瑚や柑奈の心情などまったく気にとめずに、透輝は語る。
「どうやら、柑奈ちゃんの自己治癒の方が上回るようだし、反則とは言ったけれど、その実、大したことなさそうだね」
こっちには不死身の盾もあるし、などと透輝に悪びれた様子は微塵もない。
「ァん? なら、これならどうなンダ?」
男は飴を自分の乗ってきた高級車へと差し向け、続いて透輝たちへと振り向けた。
「――圧死、轢死!」
男の叫び声に反応するように、高級車の運転手に異変があった。
突如体を痙攣させたかと思うと、呼吸も乱れ目も見開き、その瞳孔の開ききった目で透輝たちを凝視する。そして、まるで何かにとりつかれたようにハンドルを握り締め、アクセルを吹かし、高級車を急発進させた。
猛進する高級車にすぐさま動いたのは柑奈だった。理瑚の腕を引っ張り、横へと(幾分か優しく)投げ飛ばし、透輝については力いっぱい蹴り飛ばし、独り暴走車へと立ちはだかり――轢かれた。
暴走車は勢いのまま倉庫の壁へと突き刺さり止まった。
柑奈は車のフロント部分とともにがれきに埋もれ、運転手は衝突時の圧力の所為かぐったりとしたまま、動き出す気配はない。
「なるほど、なるほど。やっぱりかなり曖昧な能力みたいだね」
柑奈に蹴られた横腹をさすりながら透輝が言った。
「ターゲットも確定できない上に、君は死に方を宣言するだけで、後は野となれ山となれってところかな」
死神の鎌――死の運命を操る能力。
男が宣言した死因に向けて、現状で一番確立の高い方法と対象が選別され、死という運命に向かって偶然と不幸が紡がれていく。
男が透輝を殺そうと、失血死や轢死を宣言したとしても、透輝より前に、透輝以上に、柑奈がその死因に近い状況にいれば、それらの死は透輝ではなく柑奈の死因として適用される。柑奈が盾にされ銃弾を受けたように、庇って轢かれたように。
暴走車に轢かれるままに、柑奈も壁にめり込んではいたが、すぐさま金色の光が生命機関を全て修復したのだろう、のそのそとボンネットの上を這い上がってきていた。
「――焼死」
無感情な飴男の言葉に従って、追突により負荷を受けた燃料タンクには亀裂が入る。漏れ出した燃料が、熱暴走したバッテリーの高熱にあてられて発火を引き起こした。
倉庫の中に可燃物でも貯蔵されていたのか、車の周囲は直ちに火の海と化し、崩れた瓦礫の中からようやく出てきた柑奈を飲み込んだ。
炎の臙脂と金の光が柑奈を包み込む。
「――焼死、熱死、窒死、一酸化中毒死」
依然として相手が死にきらないことへの苛立ちか、狂ったように、飴男は死神が振るう大鎌さながらに飴を振るって、死因を揮った。
しかし、そのすべてを柑奈が引き受けていた。
ボンネットの上で、藻掻き、回復し、苦しみ、立ち直り、死んで、生き返って、繰り返す。
「――チッ。ほんと邪魔な嬢ちゃんダナ」
飴男はスランプ中の文豪さながらに頭を掻きむしり怒りの程を顕にする。
飴男の発する即効性のある死因は全て柑奈に適用された。それはおおよそ透輝の仕向けたことではあるが、男をイラつかせ平静を失わせるには十分だった。
「そろそろ仕掛けてくるかな」
ぼそりと透輝がつぶやく。