青山香織は箱入り娘
平穏な朝に、携帯電話のアラーム音が鳴り響く。
女は、辛そうに右手でアラームを止めると、液晶画面の時計を確認した。
(あ……やばい。これは学校間に合わないぞ……)
でもとりあえず、二度寝した。
第1話「青山香織は箱入り娘」
「おい! いい加減起きやがれ!!」
香織の部屋に、けたたましい騒音を引き連れて女性が怒鳴り込んできた。
香織は低い声で小さく唸り、毛布の中へと潜り込んだ。脳内活性率、2%。
「だから、学校遅れるっつってんだろーが!!」
女性は無理矢理に毛布を引き剥がすと、ワイシャツとブラザー、スカート、靴下……とにかく着替え一式を香織に投げつけた。
「さっさと着替えて降りて来い! 二度寝したら許さねーぞ!」
バタン! と激しく扉を閉め、女性は部屋を出て行った。
それから五分間、香織は微動だにしなかった。
十分後、ようやくベッドから這い出し床に転げ落ちると、器用にも横たわったまま制服へと着替える。
寝巻きを脱ぎ捨て、ワイシャツに腕を通し、靴下を履く。この時点で、香織の脳は約6%活性化している。
着替えが済むと、香織はのそのそと部屋を出て、一階に降りた。
リビングには二人分の朝食が用意されており、そのうち一つは既に食されていた。
「やっと起きたか。さっさと食えよ」
「あい」
香織は、もそもそとパンを頬張った。1枚のパンを食べ切るのに要した時間、8分。
「お姉ちゃんー、プリンー」
「はいよ」
姉はデザート用スプーンと、冷蔵庫の香織スペースからプリンを2つ取り出した。
香織は、あっという間にそれらを胃袋の中へと放り込んだ。ここで、香織の脳内活性率は約65%に達する。
「ご馳走様でした」
香織は、食器を洗っている姉の元へと自分の食器を運ぶと、再び自分の部屋へと戻っていった。
枕元の、携帯を開く。
3/16(月) 5:12
from:丸岡 峰子
title:本日の提出物
text:年度末保護者会参加用紙、進路志望書、英語の週末課題
香織は机の横の鞄を開くと、それらの提出物が揃っている事を確認した。
机の傍の壁には『美咲と美波の手形』と題された色紙が飾られており、その真下のゴミ箱には粉々に砕かれたジャニーズのCDが無残な姿で捨てられていた。
(……新しいの買わなきゃ……)
香織は、原型を失ったCDを見ながらそんな事を思っていた。
鞄を背負って階段を降りると、既に姉が出掛ける準備を済ませていた。
「ほら早くしなさいよ! 学校まで送ってってあげるから」
香織は、「ありがとう」と言って靴を履いた。
――悠々と流れる、平凡な日常。
青山香織の周囲は今日も、平和すぎるほど平和です。
揺れる車内で、香織は四度目の睡眠に入った。