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恵良沼

有名な話ではなかった。でもある意味インパクトは大きな話であると思うんだ。津野氏に興味を持たせてくれたきっかけでもあると思う。

 さてさて。

 あれです、地元の人しかなんのこっちゃわからないシリーズ第4弾は大崎現場、津野之高、アトランティス(ただし、土佐湾が舞台)に続いて恵良沼をフューチャーしていきたいと思いますよ。


 恵良沼はですね。まずは1517年の初夏。一条配下の福井玄蕃から話していきましょう。


 当時、土佐全体を一喝できる存在・唯一無二の盟主様!で国司でもあった一条房家の、


 津野が面倒だなー、誰でもいい。後ろから津野を揺さぶってくれる奴いませんかなー。


という調略に、

 


 ハイハーイ!津野は落ち目なのに偉そうにしてるから俺その役やりますよ。だから、危なくなったら宜しくー。


 と、軽い気持ちであっさり調略に乗った福井玄蕃。


 はいはい、危なくなったらの。佐竹(久礼。土佐は佐竹も地頭として着任してます、東北の佐竹から来たんですよ。ここトリビアね)も繰り出して援護してやるから存分に暴れるがええ。


 と、しめしめと一条房家がにんまり悪い笑顔で言ったかどうか。そのへんは創作でお願いしますよ。


 という事で一条に鞍替えした松風城主・福井玄蕃が居なくては恵良沼の話は成立しません。松風城は別名射場城、伊野射場城とも言ったそうですが、名前の響きが抜群なので松風城というフレーズを使っていきます。


 事は、1517年以前の税納めで津野が毎度の如く市野々(津野庄と戸波庄と境。津野庄からは山越えが必要)を含んだ、松風城の近隣の村々に税収を出せと迫ったところ。

 福井家が後ろ盾となり、税収を断ったことが発端で、


 おいおい、ふざけんじゃねぇ!

 と、津野元実(当時津野当主。基高の伯父)が頭に血を昇らせて税収員に激昂すると。


 どーゆーことだぁぁぁあっ!昨年まで税収は津野に納めておるというに、今年は…いや今年からは福井家に納めるだとぉぉ!

 と、中平兵庫(津野分家。宿老)も主に続いて血管がブチ切れました。


 よろしい、ならば戦争だ。福井家と松風城なぞ一揉みだぞ?良いのか?負けた後で、ごめんなさいは通用せんからなっ!

 と、津野全体が満場一致して福井家の松風城を攻撃することになります。


 津野元実は津野之高(前述、悪党として細川を相手にめちゃくちゃやった。細川にほぼ勝った)の生まれ変わりとも言われて、相当のキレ者。英雄伝説再びと、落ち目だった津野が盛り上がっていたところだったといいます。

だからでしょうか、片岡(高岡郡北部の雄)や大平(高岡郡南東部の盟主。七英雄の一人)からの侵略にてんやわんやあった佐川(高岡郡中央部。津野の古い古い分家。源平の頃には佐川氏を名乗り佐川を治める)からも一族総出で元実の此度の戦争に駆けつける。


 いざ!松風!いざ、福井玄蕃!

 と、意気上がる津野軍は一族の分家当主に嫡男(この時点で津野の歴史は500年を数え、その歴史が物語るように様々に各地に分家・親族が出来ていた)が次々と揃うと2500の将兵で市野々に向かい、名護屋坂を登る。後詰めには中平兵庫が500、一条や佐竹に対しての守りの為にと兵を戦に出さなかった窪川(海抜の高い高原。一条との国境で津野の西の領地。激しく抗争が続いていた)から駆けつける。そんな手はずになっていたといいます。

 対する福井玄蕃軍は100。領地である市野々の村々からかき集めるにも、


 絶対負け戦ですわ。福井家にはそこまでの恩ないですもん、儂ら今まで津野の領民だったし、税と戦ではまるで違いますって。

 と、梨のつぶてのみの村人たち。信用がなかったというわけです、福井家。


 津野の動きに勘付いた佐竹が行動を始める頃にはもう松風城は津野軍の敷いた陣に包囲されていました。それでも、佐竹は1000の兵を急ぎかき集めて久礼(土佐佐竹領地。津野領地の窪川と安和に挟まれる盆地)を発ちます。この軍は安和で潮の動きを読める船頭を乗せて安和、戸島、野見浦に上がります。戸島に着くと部隊の大部分をさらに東──宇佐湾(大平領地。捕鯨基地)に向かいます。戸島に残った少数は小浦に上がるとここで山越えをして先発隊となり大浦、射場へと駆けつけました。大勢を残した佐竹軍は戸島からグルッと回り込んで宇佐湾に到着するもここでは留まらずまっすぐ浦ノ内湾に入り、音鳴神社で早々と祈祷を受ける。と、大浦から戸波浦で小浦に上がらせ先に向かわせた兵と合流します。


 一方その頃、包囲されている松風城。

 主である福井玄蕃は弓が強くて津野軍も包囲を狭めるには時間が掛かる。津野も精鋭が幾人も参加していたので、弓を引きます。矢合戦の様相。しかし、津野は思惑通りに行っておらず、


 一揉みだぞ!

 と意気揚々とやってきたのに現実は籠城方はのらりくらりと継戦していたのですから、焦りもします。

 津野元実は英雄伝説再びと持て囃されてきたのです。

 矢が飛び交う最中、遂に持っていた軍配を振り上げる。


 その瞬間、裂帛れっぱくの金切り声が戦場に響きわたった。


 全軍っ、突撃せよぉーっ!

 父祖に不甲斐ない戦を見られておるぞぉっ!


 これは津野の戦の有り様ではない。元実が聞かされ続けてきたのはもっともっと常勝即罰の津野之高の戦語り。勝つだけか?勝てばそれは津野らしい戦と言えるのか?と、思ったのかも知れません。見えないプレッシャー、襲い来る。その恐怖を振り払うように。

 津野元実は一声上げると手綱を引き締める。

 もう片方の利腕には水平に振り下ろされた軍配が握られていた。


 おおおおおおおおおっっっ!!!!


 続く怒号。包囲していた津野軍の兵の全てに熱は伝播することになった。


 それは悲しくも勝利とは正反対の無謀な突撃となってしまう。

 戦場はしとしとと降り続いていた雨が、天が怒りを津野に向けて溢したかのように、突如。


 豪雨となった。バケツの水を叩きつけるような雨に阻まれ一間の先もおぼつかなくなったかと思うと、異変が起こった。

 兵士が足を取られたように速度を落とし始めたのだ。中には完全に止まったものもいたほどだ。

 そんな中、突撃命令を発した津野元実自身も馬を駆け松風城に肉迫するところ。

 松風城を視界に捉えあと一歩のところで矢の雨に晒され落馬してしまう。あたりを見れば親族一門の旗持ちも、一門のもの自身も足が止まっていた。


 信じられない声を耳で聞き取る。

 足がっ!足が抜けぬ!


 底なし沼だ、逃げるぞ!

 流石に元実もこれでは先程までの戦の熱も冷めた。


 さてさて。津野軍は大崩れ。元実も敵陣に一人孤立。

 恵良沼が津野軍を飲み込んでいく。

 松風城周辺の恵良沼は、平時は乾いていれば荒れ地か湿地と間違う地勢なのでした。それを知らされていなかった津野軍は恵良沼に足を踏み入れたその時から、死神に首筋をその手に持つ大鎌で捉えられていたのですよね。勝てる見込みは、雨さえ降らねば。佐竹の後詰めが到着せねば。先発隊が松風城に入り、


 援軍が来るからゆっくりと籠城をどーぞ!くれぐれも野戦なんぞに応じてはなりませぬよー。

 と、佐竹の援軍を知らせて福井玄蕃がよっしゃ!やったるぜぇ!なんて奮起さえしていなければ。

 もしかしたら、津野元実が勝利することが出来たかも知れませんね。


 151年初夏。恵良沼は津野出陣2500の人の殆ど全てを飲み込んだ。

 足が止まった兵は弓矢の格好の的となり、一人また一人とぬかるんだ足下に倒れ伏せ、恵良沼に飲み込まれていく。

 その周囲の戦の変わり様を目にした元実も又、気勢を上げながら矢に倒れ、一介の兵卒と変わらぬ運命を辿った。

 一度に、底なし沼にこうも大勢が飲み込まれて生き埋めになったことがあったりしますか?

 そんな伝説。松風城主の福井玄蕃はこのあと、特に名を連ねた戦記はございませんでしたが、この恵良沼の一戦だけで今の世にもこの先の世にも石碑の中でその名を残していきます。


 落ち目の英雄がプライドを懸けて臨んだ一戦が、残りの津野に与えたダメージたるや如何程のものだったか、この一戦で佐川は大平麾下きかの分家・三藤氏に奪われその後に中村氏、長宗我部氏と続いて結局、津野に戻ることはありませんでした。

 恵良沼からは、未だに当時の鎧兜が見つかるそうです。それだけ飲み込まれたし埋まってるし掘り起こされてないんですってね。


 このあと。津野では血の桜川の戦いってのに続いていきます。

 そのうち書きたいと思います。ではこのへんで。




正に、大、敗、北!

福井にしてみれば大、金、星!

劣勢ぷらす後詰め来たところで戦力不足。もう後は神頼みしかないんじゃよー。


しかして、雨は降り。津野の勢いを挫く。地勢に聡い福井に地勢に疎い津野が完敗したお話。この伝説は負けた津野家臣が伝えて来た口伝。

ふつー勝った側が吹聴するものではありゃしませんか?でも福井の側がこの伝説を残したって事はありませんでした。市野々や戸波の民も恵良沼が底なし沼だって事は後世に伝えても、津野の大敗北は……残す価値も無かったんでしょうか、当時の人らが一斉に口を噤んだかのように広まらなかったそうです…もしかして、呪いとか……悪霊騒ぎとか……あったからかもしれませんね。津野側も恵良沼を掘り返す真似はしてませんし、慰霊碑も無いらしいし。福井は一代で没落したぽいし。とにかく福井の情報が残ってない。墓石と伝説しか残ってないんじゃよー。呪い殺されたとか怪しい噂もない。ホントに一代限りで取って代わられた人だった模様。

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