何故、妹は姉をざまぁするに至ったか56
お姉様をざまぁの会場へと、お姉様についている侍女たちが導いてくれた。
それは本来の卒業パーティーの会場ではない。私はざまぁの舞台のためだけの場所を確保しているのだ。この場にいるのは、私やデル兄様が手をまわして、催しを行うことを知っている人たちだけだ。
――お姉様は、乙女げぇむの世界だけを思うあまりに、此処が本来の卒業パーティーの場所ではないなんて気づかない。
お姉様にとって重要なのは、乙女げぇむの世界のことだけで……この現実ではない。
お姉様は遠目から見るととても素敵で、完璧な女性だ。高等部に上がっておかしな行動を起こしてはいて、遠巻きにはされているが、お姉様を遠くからしか知らない人からしてみればお姉様は才色兼備で、第二王子の婚約者であり、誰もが憧れる立場にある。
学園でもお姉様の異常性を知らない生徒は、お姉様の事を素敵と口にしていたりもする。デル兄様も、学園を既に卒業している先輩たちからお姉様のような婚約者がいていいなと言われているといっていたっけ。
最近は乙女げぇむのことで周りへ取り繕うことも難しくなっているけれど、――それを抜きにしてみれば周りから見ればお姉様は素敵な公爵令嬢なのだ。……私やデル兄様のように、本当の意味でお姉様にちゃんと周りを見てほしいと思っている人よりも、変な行動をやめて前のように戻ってほしいという人の方が協力者たちの中でも多いだろう。
高等部に上がる前の、素敵な公爵令嬢へ。
でも私にとってはそれでは駄目だ。私はお姉様にちゃんと周りを見てほしくて、何よりも私を見てほしいから。
――私は、お姉様の事が大好きで、大嫌いだから。
だから、今日のざまぁを決行する。
着飾ったお姉様はとても美しかった。その燃えるような赤い髪も、深い緑の瞳も。まるで完成された人形のようだ。その動きだって洗練されている。――ヒーナを前にしないお姉様は、乙女げぇむの世界に浸って暴走しないお姉様は、周りから感嘆の溜息を洩らされるぐらい完璧な公爵令嬢だ。
その瞳に、欠片も私の事など映さない。
きっと考えていることは、デル兄様とヒーナのことだろうか。自分が断罪されるかもしれないということでも考えているのだろうか。
……ああ、もうどうしてお姉様は、何処までも乙女げぇむの登場人物たちのことだけが主導で物事が動いていると思っているのだろうか。私が、此処に居て。私が、ざまぁを決行しようとしていることなど考えないのだろうか。
お姉様をじっと見つめていると、デル兄様やヒーナがやってきた。
周りがざわめくのは仕込みである。デル兄様がヒーナを伴って此処にやってくることは周りには説明をしてある。お姉様をざまぁするために乙女げえむに寄せてあるのだ。
お姉様の目が冷たく光る。ああ、お姉様はやっぱり勘違いしている。私がお姉様をざまぁする事は考えていなくて、あくまでお姉様はデル兄様たちに婚約破棄されるのではと考えているだけだ。
「デルデ殿下」
……お姉様は、覚悟したようにデル兄様を見ている。なんだろう、婚約破棄される中でも気丈であろうとしているのかもしれない。それがお姉様にとっての乙女げぇむの中のアクノール・カプラッドなのかもしれない。
こんな時でも、お姉様はお姉様で――、デル兄様のことなんて欠片も見ていないのだ。デル兄様の事を思うと、私は胸が痛んだ。お姉様と対峙しているのに、その目に一切デル兄様が映ってないなんて、デル兄様も色んな事を考えているだろうと思う。
それにしてもお姉様は本当にデル兄様の事など見ていないのだ。見ていたら……もっと違っていたのに。
「アクノール・カプラッド。僕は君との婚約を破棄する」
デル兄様の言葉がその場に響く。
もう周りの許可を得て婚約を無くすからどちらかというと婚約解消だと思うけれど、此処は乙女げぇむに寄せてそう言ってもらった。
お姉様はショックを受けた表情を浮かべる。それはお姉様本来の感情なのか、アクノール・カプラッドとしてあろうとするお姉様の感情なのか。どちらにせよ、前から婚約解消の話はお姉様にしていたのだ。なのに、こんな場でないとお姉様はその言葉をちゃんと理解しないのだ。
――なんか、その事実に嗤ってしまいそうになる。
「あら、それは国王陛下や我が父であるカプラッド公爵の許しを得ての事かしら」
げぇむの世界しか信じないお姉様。……自分はヒーナに嫌がらせなどしていないから大丈夫だと思い込んでいるお姉様。
デル兄様の表情にも、ヒーナの表情にも……周りの人たちの反応にも気づかない。そして私やラス兄様のことも見ない。
「もちろんだとも。許可を得て私はこれを行っている」
「え」
「僕は正式に父上の許可を得た上で婚約破棄を行っている」
「それは、何故ですか……私はフィリさんを苛めたりなんかしてません!」
「……それは分かっている」
お姉様はデル兄様が周りに相談をせずに婚約破棄を行ったと思っている。ウーログが言うには、お姉様とウーログが生まれる前にいきていた世界ではそういう物語が流行っていたらしい。でもだからってデル兄様のことをちゃんと見ていれば、両陛下にデル兄様が話を通すのだと分かるはずなのに。
「ならば、なぜ……」
「残念だ、アクノール。君が本当に理由に思い至らない事が僕は残念でならない。言っておくが、婚約破棄をしたからって君が思っているような最悪な事態にはならない。本当にただ、婚約を破棄するだけだ」
バッドエンドにお姉様は導かれた。私の手によって、お姉様のバッドエンドに導いた。……けれど、まだお姉様は気づかない。何でデル兄様が婚約を解消しようとしているのか。これが誰の手による演出なのか。
デル兄様の反応は、お姉様にとってみれば予想外の事態で、混乱しているらしい。
きょろきょろとあたりを見渡して、私とラス兄様を視界に留める。……私の傍に居るウーログは視界に入ってないらしい。本当にお姉様は、何処までも、お姉様だ……。
「イエルノ、ラスタ!」
すがるような目。げぇむの世界で私はあくまでお姉様の味方だったらしい。お姉様を慕っていたらしい。
それを信じ切っているからこその目。私の事は、見ていない。
「ふふふ、馬鹿なお姉様」
「え」
「この催しを作ったのは私なのよ?」
ああ、愉しい。お姉様が私を見ている。目を見開いている。信じられないような目をしている。
ようやく私の事を、”悪役令嬢の妹”という記号ではなく、”イエルノ・カプラッド”としてみてくれている。
そのことが、嬉しくて、やっとだと、泣きそうになる。
お姉様が信じられないという風に崩れ落ちる、私の笑みを見て、私だけを見て――。
私は――、そんなお姉様を見下ろして、嗤った。




