何故、妹は姉をざまぁするに至ったか③
お姉様はデル兄様がこちらにやってくると聞いて益々挙動不審だった。意味が分からなかった。だってデル兄様とお姉様は本当に仲良しだった。
お姉様はデル兄様の事が大好きで、デル兄様に相応しくなりたいと口にしていた。いつだってデル兄様の事を口にして幸せそうに笑っていた。デル兄様が来るのにこんな表情を何故浮かべるのか分からなかった。
お姉様はやはり、お母様が亡くなった時にどこかおかしくなってしまった。
どうしてだろうか。
お姉様は本質的にはお姉様だとわかる時が時々ある。でも、何だか違う。どうしたの、お姉様。そう問いかけて教えてくれたのならばいいのに。お姉様は教えてくれない。
デル兄様になら、お姉様は本音を口にしてくれるだろうかって期待した。
デル兄様とお姉様は政略的な結びつきによる婚約だけれども、互いに本当に大事に思い合っている。それを私は知っているからこそ、デルお兄様ならと期待していた。お姉様の様子は凄く変だけど、デルお兄様ならばそんなお姉様の心を動かす事が出来ると信じて。
ドキドキしながらデルお兄様が訪れる日を迎えた。
婚約者であるデルお兄様との久しぶりの邂逅だ。私も一緒にお茶をどうかと誘われたけど遠慮した。だって私が居たのではお姉様は本音を口にしないと思ったから。
お姉様はお母様が亡くなって少しだけおかしくなってしまっているだけだと信じたかった。
――私の事をちゃんと見てくれるお姉様に戻って欲しいと願っていた。
「イエルノ様、御一緒しなくてよかったのですか?」
「ええ、いいの」
赤ちゃんの頃から私の側に居てくれる侍女であるジアが心配そうに問いかける。
私は自分の悲しみとか、なるべく人に晒さないようにしているつもりだけどやっぱりずっと傍に居るジアは私の事をよく分かっている。
私はその日、一人で自室に居た。
やっている事は、読書である。
私は本を読むのが好きだ。知識を頭に蓄えていける事も好きだ。さまざまな事を知っていれば、それだけ大人になった時に動きやすいんだよってお母様が生前言っていた。お母様は頭の良い人だった。そしていつもにこにこしていた。
お母様が生きていたら……変わってしまったお姉様になんていうだろうか。お母様だったらお姉様の事を前のように戻せる気がする。でもそう考えても仕方がない。だって、そもそもの話、お母様が亡くならなければお姉様は変わらなかった気がするもの。ああ、でもお母様が恋しくなってくる。お父様はお母様が亡くなった悲しみから立ち直れていない。お姉様は変になってしまった。だからこそ、私がしっかりしなければってそう思ってしまう。
デル兄様とお姉様は今頃仲良くお話しているだろうか。
お姉様は以前のように戻ってくれるだろうか。デル兄様はお姉様が好きで、お姉様はデル兄様が好きで、だからこそ、デル兄様ならと期待してならない。
ドキドキしながら、デル兄様とお姉様はどうなっているんだろうって私は落ち着かない。
落ち着かないけれど、それを外に出したくなくて読書をしている。とはいっても、こういう状況だと中々集中が出来なかった。
今、読んでいるのは児童向けの歴史書だ。この国の歴史を簡単に記したもの。私はまだ六歳だから難しい字は読めないのだ。だから読書が好きと言っていても私が読んでいるのは子供向けのものだ。もっと難しい本が読めるようになりたいから少しずつ学んでいる最中なの。
お母様が亡くなる前はお母様やお姉様にならいながら一緒に勉強していた。お姉様は私が何処まで進んでいるか気にかけてくれて、色々教えてくれた。……おかしくなってからのお姉様は、そういう事を気にかけてくれなくなった。
本当に、何処までも私という存在を見ていない。
それが悲しくて苦しいから、やっぱりデル兄様に期待している。
「イエルノ様、どうなさいましたか?」
「なんでもない」
ジアに問いかけられて、何でもないと答える。
そんな風にしばらく過ごしていたら別の侍女に呼ばれた。デル兄様たちが私の事を呼んでいるのだという。
私は本を閉じて二人の元へ向かった。昔のお姉様が居る事を願って。
だけど、デル兄様の前にいるお姉様も何だかおかしなままだった。デル兄様の前なら前のお姉様に戻っていると思っていたのに。
私はそれが悲しかったと同時にがっかりした。
それに、何だかデル兄様に対しては私に対する私を見ていない態度とは違って、また別の雰囲気だった。デル兄様だけど、デル兄様ではない何かと接しているような――、本当にどうしたんだろう。
お姉様が席を外した時に、
「どうしたんだ、アクノールは」
「……分からない」
デル兄様もやっぱりお姉様がおかしい事に気づいたみたいだった。でも私はデル兄様の言葉に分からないと答える事しか出来なかった。
それからお姉様が戻ってきて三人で会話を交わしたけれど、やっぱりお姉様は私を……ううん、私達をきちんと見ていなかった。