何故、妹は姉をざまぁするに至ったか⑳
「イエルノ様、最近どうなさったのですか?」
そう問いかけたのはお姉様ではなく、侍女だった。
「イエルノ、アクノールと喧嘩でもしたのかい?」
そう聞いてくるのはお姉様ではなく、お父様だった。
私はお姉様の傍に近づかないようにした。おかしくなってからのお姉様は、私に自分から話しかける事はあまりなかった。デル兄様やラス兄様には自分から話しかける。お父様にも、まだ話しかけている。
――でも、私にはお姉様はあまり話しかけてこない。ううん、あまりではない、全然かもしれれない。
こうしてお姉様から離れなければ私は、その事実からもっと目を背けていたんだろうと思う。
こうして私からお姉様に近づかなければお姉様と私の間の接点はほとんどなくなった。悲しい事だけど、事実だ。
ウーログが言っていたように、私がその乙女げぇむの中でモブというものだからだろうか。
私の事をお姉様が見ていない事が、益々分かってしまった。
だって、侍女は気づく。お父様も気づく。なのに、お姉様は、私がよらなくても気にしない。私の事がちゃんと目に入っていないんだと思う。――お姉様は私の事なんて、全然見ていない。
「ラス兄様、お姉様は何か言ってましたか?」
「……いや」
「やっぱり、私が近づいていなくても気にしてないのでしょ」
ラス兄様とお姉様についての話をする。ラス兄様は私の言葉に困ったような表情を浮かべていた。
「いいの、ラス兄様。はっきり言って。お姉様がどんな態度をしていたか、なんて言っていたか」
お姉様は、私がお姉様を避けていても気にした様子はない。昔のお姉様なら私がこんな態度をしていたら、きっと私の傍にきてくれた。どうしたの、イエルノって優しく笑ってくれた。でも今のお姉様はやっぱりおかしくなったままなんだ。
ラス兄様がためらっているのは、きっと私が傷つくかもしれない態度や言葉をお姉様がしていたからだと思う。今のお姉様ならそういう事をしてもおかしくない。だって、私はお姉様にとってその他大勢でしかないのだから。
でもそういう態度をされるかもしれない、というのは十分承知していた。悲しい気持ちはあるけれど、覚悟していたことだ。
「――アクノールは、イエルノが近づいてきていないのに気づいていなかった。言っても『まぁ』と口にしただけだ。何も、行動する気はないようだった。ただイエルノが自分を好きであるという事は信じているみたいだったが……」
「……そうですの」
「……なぁ、イエルノ。アクノールはなんなんだ? 俺に対する態度は変だ。意味が分からない。グイグイ来るにもかかわらず、俺の事をちゃんと見ていない。それだけならまだしも、それ以外への態度がおかしいだろう。血が繋がった妹であるイエルノに対して、アクノールは興味がなさすぎる」
「……そう、ですわね。お姉様も昔は、ああではなかったのですけれども。ごめんなさい。ラス兄様、私、お姉様が何でああなったのか、協力してもらって分かりましたわ。ただ……現状何でかはラス兄様に言えない。でも絶対、私が、おかしくなったお姉様をもとに戻してみせますわ」
なるべく、周りにお姉様がおかしい事を知られずに、知られたら傷が残りそうな事を広めずに、お姉様をもとに戻したい。だからラス兄様にも、なるべく告げずにお姉様を元のように戻したい。
私の言葉にラス兄様は私の頭をなぜか撫でた。
「……分かったよ。まぁ、でも俺はイエルノの兄なんだ。自分で抱え込まずに、何かあったら俺にもちゃんと言ってくれよ」
「ええ。ありがとうございます。ラス兄様」
ラス兄様は、私の事を妹として可愛がってくれている。ノートを写す時も何も聞かずに手伝ってくれた。乙女げぇむというものの中でラス兄様は攻略対象というものらしいけれど、将来的にお兄様はその主人公という女の子に惹かれていくのだろうか? 貴族の跡取りとして養子に引き取られたので、ラス兄様には婚約者がそのうち決まるだろうけど……。
……益々、その乙女げぇむというものに何とも言えない気持ちになる。だって婚約者の居る相手と良い仲になるなんてはしたないもの。せめて恋をしたにしても、きちんと婚約解除の手続きをしてから次に進むべきだろうし。まぁ、後継者として教育を受けているラス兄様が家の意志を無視して、好き勝手にはしないってこの一年で知っているから何も心配はしていないけど。
お姉様は、一年間姉弟として暮らしているのにラス兄様の事を信頼していないんだろうな。だからこそ、ラス兄様の態度が変なのだろう。
ラス兄様は、今はお姉様の事を訝しがってるし、多分好きでもないと思う。でもいつか、お姉様にここが現実だって分からせる事が出来たら――――兄妹三人でもっとちゃんと、仲良くなれたらいいなぁ。そんな未来を手にするために、お姉様に現実だって理解してもらわないと。




