ターン制の世界でオレは
この世界には「ターン制」という言葉がある。戦闘の基本にして、必須の言葉だ。
攻撃は必ず、自分と相手の交互に行なわれる。これは「ターン制」の持つ縛りだ。
そして、遭遇した敵とは必ず戦闘になるというのも、「ターン制」の持つ縛りだ。
オレは、この厄介な縛りが恨めしい。
「どうして今なんだ!」
目の前には巨大な魔物。たしか、”グレートタイガー”とかいう奴だ。
前に冒険者の会話を盗み聞きした時、聞いた覚えがある。鋭い牙と爪、そして巨大な体を持ち、獲物は決して逃がさないという、恐ろしい奴。
あと一体、あと一体だけホーンラビットを倒せば、未来が開けたというのに!
苦労してアイツラを狩ってきた記憶が、まざまざと蘇る。
ホーンラビットは、最弱のオレでも狩ることができる、唯一の敵だった。回避率はオレの方が若干上回っていたので、アイツラの攻撃は全て躱してきた。まさに紙一重の戦いだった。そうやって、九十九の屍を積み上げて、何とかここまで来たというのに。
それなのに!
あと一体を倒す前に、想像以上の化物に遭遇してしまった。オレと目の前の奴とでは、戦力差がありすぎる。
ホーンラビットですら手を焼くオレに、グレートタイガーはきつすぎるのだ。
だが、化物はオレをヤル気だ。奴の涎が、地面を濡らしている。
ターン制の縛りが、オレを窮地に立たせている。
(回避は絶望的だ……)
オレは一縷の望みをかけて、「にげる」コマンドを選択する。「にげる」コマンドだけは、相手より先に発動するのだ。あとは確率で逃げれるか、逃げられないか、だが……。
▼あなたはにげられなかった。
しかし、希望は裏切られた。
「ちくしょー!」
ターンが相手に移り、奴は「こうげき」コマンドを選択。
▼グレートタイガーの【かみくだく】。
▼564のダメージ。
▼あなたは戦闘不能になった。
あぁ、身体が重い。思考も混濁していく。
オレの身体から光の粒子が出て、グレートタイガーへと移っていく。戦闘に勝った者は、負けた者の命を経験値として奪っていく。オレがホーンラビットを倒していた時、何度も見た光景だ。
あぁ。そうか。オレは死ぬのか。
あっけない最期だった。もう少し生きてみたかった。
命の流失が終わり、魂のシボリカスであるオレは、そんなことを思っていた。
オレという自我が消え、世界に溶け始める、その時だった。
グレートタイガーの前に、四人の冒険者たちが現われた。
彼等の服装は様々で、一言では言い表せなかった。しかし、相当な実力者であることは分かった。何故なら、グレートタイガーが赤子に見えるほど、彼等の力は絶大だったからだ。戦闘を始める前から分かるほどの威圧感は、世界に溶けかけているオレにも分かった。分かりすぎるほどに、よく分かった。
▼ケンオ―の【魔斬り】。
▼42740のダメージ。
▼グレートタイガーは戦闘不能になった。
圧倒的だった。剣を持った男が一振りしただけで、グレートタイガーは死んでしまった。
オレは思った。
(次に生まれ変わる時は、冒険者になりたい。あの男のような、強い冒険者に……)
そして、オレは世界に溶けて消えた。
◇◆◇
ケンオ―という青年は、先ほど倒したグレートタイガーに目もくれず、もう一つの死体へと近づいていった。
地面に横たわる青い死体。それはスライムだった。
ケンオ―は片膝をつき、スライムの体をそっと撫でた。
「お前なら……お前なら、強い冒険者になれるさ。“オレ”みたいな冒険者に、な」
ケンオ―は立ち上がり、その場を去った。後ろは振り返らなかった。
一度死んで蘇る。
冒険者となり、強くなる。
最期に出会った、あいつのように。