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最弱で最強の孤島

これは、ほんわかした恋人たちの、日常のお話。



***



「うわぁ…」

慎が自分の部屋で、一人苦い顔をして呟く。

「………弱…」

それは、目の前の小型ゲーム機に向かって。

慎はもともとあまりゲームをしない。そんな慎が唯一はまったRPG。今日は三連休の三日目のため、一日目にやることを済ませてこの週末は、そのゲームに時間を費やすことに決めていた。

そして昨日。とうとう最後のダンジョン目前までやりこんだ。

最後のダンジョンといってもストーリー上のではない。サブストーリーやサブクエスト、おまけボスなどをすべて制覇した人のみが行くことのできる、いわばそのゲームの最高頂点である。

昨日はもう時間も時間だったし、慎は明日を楽しみにすることにして眠った。起きるとすぐに支度をしてそのゲームを始める。

装備品を整え、とっくに最高まで上がっているレベルを見て満足そうに微笑む。初めていどむ最高で最後のダンジョン。回復薬や復活薬も存分に買い占めて、昨日やっとたどり着いたダンジョンへと移動する。

そして、そのダンジョンにたどり着いた。

島だ。その島以外のすべてのところをクリアして、サブストーリーもクエストもすべて終わらせて…この大変な作業の集大成がこの孤島ダンジョンだ。

浮ついた気分でそのダンジョンへと入り、一体目のモンスターに出会う。見たこともないモンスターに気持ちはたかぶる。そして、そのモンスターに記念すべき一回目の攻撃を入れて____

そのモンスターは、倒れた。

え、と思わず呟く。最高レベルとはいえ、昨日挑戦していたダンジョンの魔物は強かったはずだ。間違っても四人いるパーティのうち、たった一人の一撃で地に沈むことはありえないくらいには。しばらく考えを巡らせた後、バグだと自分を言い聞かせ二体目のモンスターへと向かっていく。

そしてその数分後。

最後のダンジョンとは言い切れないくらい楽に、そのダンジョンの最深部へとたどり着いてしまった。

もちろんボスも最弱。倒すとスタッフロールが流れ出し、セーブデータに五つの星がそろった。

「………弱…」

昨日から楽しみにしていたダンジョンがこんなにあっけないものだったとは。どうも簡単に終わってしまったそのお気に入りRPG。すべてクリアした今、このゲームで何をするというのだろうか。

はああ、と慎にしては珍しく大きめのため息をつき、自身のベッドへと沈み込む。

今日一日そのダンジョンで楽しむつもりだった慎は苦い顔をする。時刻は八時半だ。

じゃあいっそ、現段階では最強である昨日クリアしたダンジョンにでも行こうかと頭をひねらせていると、机の上に置いたままの携帯が鳴り響いた。


「もしもし七瀬です…」


テンションは最底辺。今にもため息を生成しそうな声にもめげずに、かけてきた声の主は慎に話しかけた。

『もしもし慎?あのさ、あのRPGあるでしょ?あの最終ダンジョンについてなんだけどさ…』

声の主は慎の彼女…すばるである。すばるは見かけによらずゲーマーで、慎がハマったというRPGを、慎より一か月ほど遅れて始めたはずなのに、あっという間に慎に追いついてきたのだった。

彼女にしてはやけにテンションが高く饒舌なのは、よっぽど楽しいゲームをやっていたのだろうなあ、とそこまで考えて矛盾に思い至る。

この場合、すばるのいう最終ダンジョンとはあの最弱の孤島のことだろう。あんなにあっけなく終わってしまった最終ダンジョンに、こんなに声を弾ませる要素はあったのだろうか。

『あのダンジョンの仕掛けすごいね!私騙されちゃった』

「…え?」

電話越しに嬉々とした様子のすばる。仕掛け?そんなものあのダンジョンにはなかった。隅から隅まで調べたけれど。もしかしてすばるはストーリー上の最終ダンジョンのことを話しているのだろうか。

『あのダンジョンだよ、ほら、あの最後の。アルマトランの孤島だよ』

違った。あの最弱モンスターがうようよしているだけのあの最弱の孤島だ。慎は思ったことをそのまま伝えてみることにした。

「いや、あのダンジョンにはさ、最弱モンスターがうようよしてるだけで、数分でクリアできたよ、僕は」

慎がそういうと、すばるからええ、という声が上がる。

『…もしかして、わからなかったの?』

「え、何が?」

電話越しに聞こえる怪訝そうな声。

慎の返事に、すばるの唸るような返事が聞こえる。

しばらく迷った後、すばるはこう言った。

『じゃあヒント。ストーリーのときのアラジャミ洞窟を思い出してみて』

「え、アラジャミ…?」

アラジャミ洞窟とは、ストーリー攻略中に出てきた一つのダンジョンである。確か、一度クリアするだけじゃダメで、何回もあのダンジョンを攻略した苦い思い出がよみがえって____

「あ」

そこまで考えて、思い出した。もうそのダンジョンを攻略したのがずいぶん前の話で忘れていたけれど、そうだ。

あのダンジョンには確かに仕掛けがあった。最初は最弱モンスターが出てきてあっという間にクリア。でもそれじゃあ物語は進まなくて、仲間キャラクターのヒントによって、もう一度入ってみると、モンスターが強くなっている。そしてそれを数回繰り返すと、目的のボスモンスターが現れて、目的のものが手に入る___

………確か、そんな内容だった気がする。

『思い出した?』

「……攻略したのが昔過ぎて忘れてたよ」

笑い声が電話の向こうから聞こえてくる。慎もつられて笑った。

しばらく笑いあった後、慎がゲームに手を伸ばす。

そしてその起動音が聞こえたのか、すばるが言った。

『ねぇ、今日空いてる?』

「うん、空いてるよ」

『慎の家行っていい?対戦しようよ』

「いいよ、待ってるね」

そう返事をすると、すばるが満足そうに声をこぼす。そして何やら立ち上がった音が聞こえて、そしてまた慎に話しかけてきた。

『じゃあ、後でね』

「うん、後でね」

そういって通話を切ると、もうとっくに起動していたゲームが、待ってましたというように開く。

そのRPGを初めて、さっきまで最弱だのなんだのと言っていたダンジョンへ、もう一度入る。


このダンジョンはそう。アラジャミ洞窟と同じシステムなんだ。

最弱に見えたモンスターたちは、慎がその洞窟をクリアしていくたびに強くなっていくのだろう。

「よしっ」

じゃあ、すばるが来るまでに…この孤島を最強に育ててやろうじゃないか。

慎はそう意気込んで、ゲーム画面に視線を注ぎ始めた。



その孤島が最強になったそのとき。慎のセーブデータの五つ星が輝きだすということを知るのは、もう少し先のお話。

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