強い妻の定義
これは、ほんわかした恋人たちの、日常のお話。
「強い妻、って何なんだろう?」
お昼休み。
中庭で、お昼休みらしくお昼を食べていた僕の彼女、すばるから飛び出たのは、突拍子もない質問だった。
僕は思わず昼ご飯を吹き出しそうになり、慌ててこらえる。彼女の口からいきなり妻、という単語が出てきただけで驚きなのに、それが強い妻、だったのだ。驚くのも仕方ないと自分に言い訳をして、できるだけ平坦な声で彼女に問う。
「え、いきなりどうしたの?」
「んー、友達に言われたんだけどさ」
そう前置いて彼女は口を開く。
振ってきた質問だけで、すでに困惑していた僕。さらに追い打ちをかけるようにすばるは言う。
「“七瀬君の妻になるなら、強い妻にならなくちゃ!”って言ってきたからさ」
「・・・あ、そうなの?」
強い妻ってなんだ、そもそも妻になる前提か、などいろいろと突っ込みたいところはあるが、とりあえず落ち着こうとお昼ご飯のサンドイッチを食べる。
それより、僕にとって問題なのは、なぜ彼女が強い妻にならなければいけないのかだ。大体予想が付くだけに僕は泣きたくなった。
僕はあまり気が強くない。すばるを好きになった時だって、告白するまでに軽く三年が必要だったくらいだ。
強い妻、ということは僕がか弱く見えるということだろう。強い妻じゃないと弱い僕を守れないとかそういうあれだろうか。
自分の考えに自分でダメージを受けつつも、何とか苦笑で聞き返す。
「なんで強い妻でいなくちゃならないのか聞いた?」
「ん~・・・一応聞いたよ」
「なんて?」
そしてすばるは少し言いずらそうに目線をそらした。
あ、やっぱり僕が弱そうとかそういう理由?さっき考えてたやつみたいな返答だったんですかね?
「七瀬君ってすばるを守るより、守られてそうだから~・・・って」
そういったすばる。ダメージ半端ない。聞くんじゃなかった。
なんとなくもそもそとサンドイッチを食べ進める。せっかくすばるといるのに、僕の頭は無意識にどうでもいいことで埋め尽くされる。ああ、次は英語だ。宿題やったっけ。
すばるの意見じゃないとはいえ、僕はやっぱりすばるに言われるとダメージがあるらしい。別にそれで、僕は嫌われているんだ、とかの意見にはさすがにいかないものの、すばるからもそう見えてるのかな・・・・?とか考えてしまう。
それを察したらしいすばる。話題を少し強引に変えてきた。
そのあとは適当な会話をしていたが、正直頭に入っていない。お互いお昼を食べ終わって、教室に帰ろうとすると、すばるに腕をつかまれた。
「あのね、慎」
「なに?」
僕の名前を呼んだくせに、そっぽを向いているすばる。
怪訝な顔をしたのが分かったのだろう、リンゴの様に顔を真っ赤にしたすばるが僕に言う。
まだ何も言われていないのに、僕まで顔が真っ赤になる。なに、何がしたいのすばる。
「さ、さっきの話、なんだけど」
「ああ、うん」
そこで目線がさまよいだす。その話題を振られた僕は、少し言ってみた。
「・・・僕は、ちゃんと家事をして家庭を支えるのが強い妻だと思うよ」
「あ、いや・・・そうじゃなくてね・・・!」
僕は僕の中の強い妻の定義をちょっとつたえただけだ。
しかし彼女は僕の腕をつかんでいないほうの手を、顔の前でぶんぶんと振った。
「・・・と、友達はああいってたけど、」
すばるのなかで、何かを覚悟したのだろう。僕の目をしっかりと見て、軽く叫ぶような形で言った。
「わ、私は、慎のこと弱いとか思ってないから!私、慎に助けられてるし、守られてるから!」
弱いとか思ってない、で結構なダメージを受けてしまった。受けてしまったが、それは後半の文章で相殺だ。いや、相殺を通り越しておつりがくるくらい。
当のすばるは、もともと林檎のような赤い顔をしていたのに、さらに頬を赤くしている。一瞬ダメージを受けた時に消えていった熱が、顔に集まりだす。
「そっ、それだけっ!」
普段の落ち着いた、ふわっとした雰囲気の彼女からは少し予想外なくらいの声量で僕に言って、すばるは逃げていった。一目散に自分の教室のほうに向かう。
しばらく赤面したまま硬直していた僕は、予鈴のチャイムでやっと動き出した。