本編
2話完結のお話です。
デザートローズは『砂漠の薔薇』です。
雰囲気のいい喫茶店を見つけた。
イギリスの田舎にあるような2階立ての建物で、建物と道路のわずかな間に花壇がある。
そこに植えられたピンクつるバラが壁に這わせてある。
窓には凝ったデザインのフェンスが付けられていて、 バラはそこにも誘引されていた。
お店の名は『小夜曲』
中からこのバラを見てみたい。
そう思って店の中に入る。
店の中は、濃いブラウンの木製の家具で統一されていて、一目見て気に入った。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
この店のマスターだろうか。30代ぐらいの柔和な男性が声をかけてきた。
つるバラが見える窓辺の席は空いていたが、店の奥の席に惹きつけられた。
窓の無い席に、一枚の絵が飾られている。
満天の星空の砂漠の絵。オアシスの都市だろうか。木々に囲まれた白い城壁が幻想的だ。
「メニューをどうぞ。お勧めは、そちらの絵をイメージしたお茶ですが」
「じゃあ、それを。この焼き菓子セットで」
「かしこまりました」
レモンの輪切りが入った水を飲みながら、絵をじっくりと見る。
淡いピンク、桜色と言ったほうがしっくりくる色の砂漠。地平線は薄いオレンジ色。上に行くにしたがって、紫から紺色へ、濃紺の空には満天の星。天の川ぐらいの星の密度。
城壁の内部には宮殿があるのだろう。アラビアンナイトの宮殿を思わせる屋根が見える。
ふと、『若き王子と王女』という曲を思い出す。
「お待たせしました。『デザートローズ』の焼き菓子セットです」
バラの柄のカップとソーサーに、おそろいのティーポット。菓子はマフィンとクッキー。バラのジャムが添えられていた。
「バラづくしですね」
「ええ。そちらの絵のタイトルが『デザートローズ』なので。お茶もバラの香りがしますよ」
マスターがカップにお茶を注ぐと、バラの香りに包まれた。
「それでは、ごゆっくり」
「お茶の葉は、販売していないのですか?」
会計のとき尋ねてみた。
「ええ、よろしいですよ。気に入っていただけましたか?」
「はい、味も香りも。それと、リラックスできます」
「では、こちらも差し上げます」
一枚の絵葉書を渡された。あの絵の絵葉書だ。
「ありがとうございます」
「また、お越しくださいね」
「はい!!」
「10分ほど休憩してきますね」
隣の席の同僚に声をかけ、家で入れてきたお茶の入ったタンブラーを持って、社内の休憩スペースに行く。
仕事は主にパソコンの入力。
明日の会議の資料を先ほど入力を終え、課長に渡したところだった。
朝からずっと入力していたから、かなり疲れた。
お茶を飲みながら、絵葉書を見る。
あの絵葉書は毎日持ち歩いている。見ているとリラックスできる。
「いい香りだね」
突然、後ろから声をかけられた。
振り向くと、社内でも人気が高い営業の瀬尾さんが立っていた。
イケメンな上、営業成績もよい。
営業部との合同新人歓迎会で初めて瀬尾さんを見て以来、すごく気になっていた。今まで、男性をこんなに意識したことは無かったのに・・・。
だけど、彼の周りには人が多く、とても話掛けることなど出来なかった。
その瀬尾さんが私に声を掛けている。
「このお茶です」
持っていたタンブラーを見せる。
「ちょっといい?」
そう言って、私の手からタンブラーを取り、香りをかぐ。
「バラの香りだね。一口ちょうだい」
「え?」
瀬尾さんは、本当に一口飲んだ。
飲み口は一箇所しかないから、当然、私が口をつけた部分。拭く暇など無かったから、これって、もしかして、・・・・・。
「それは何?」
私が一人でパニックってると、今度は絵葉書に興味を持ったみたいだ。
「あ、これは、そのお茶を買った喫茶店に飾られている絵で、お茶を買ったときに頂いたんです」
「いい絵だね」
「はい、気に入っているんです」
「じゃあ、今度その店に連れてって。じゃあね、野宮明音さん」
瀬尾さんに自分の名前を呼ばれたことに驚いた。
どうして私のフルネームを知っているの?接点はほとんど無いのに。
その日の夜、不思議な夢を見た。
白亜の宮殿の噴水のある庭で、私は男の人と立っていた。
空には満天の星。絵の中の宮殿の庭だ。
男性が私の名前を呼ぶ。知らない名前だが、私の名前で間違いない。
私はその呼びかけに対して顔を上げ、彼の名を呼ぶ。男性の顔は、なんとなく瀬尾さんに似ていた。
彼の顔が近づいてきて、唇が触れそうなところで目が覚めた。
数日後、会社帰りに瀬尾さんに会った。
取引先から直帰予定だったが、思ったより早く終わったので一度会社に戻ろうとしていたところだったらしい。
「野宮さん、もし暇だったら、あの絵がある喫茶店に行きたいんだけど。案内してもらえるかな?」
突然のことで驚いたが、茶葉を買いに行こうと思ってたところだったので、誘いを受けた。
席は前回と同じ、絵のある奥の席。
注文はもちろん、前回と同じ『デザートローズ』の焼き菓子セット。
瀬尾さんはお茶だけを注文した。
「懐かしさを感じる絵だね」
瀬尾さんの言葉に驚いた。
「瀬尾さんもですか?私もなんです。この前なんて夢にまで見ちゃって」
「どんな夢?」
「宮殿の庭にいる夢なんですけど・・・・」
庭に男性と二人で立っていたということだけ話す。それ以上は恥ずかしくて言えません。
「あと、この絵を見ていると『若き王子と王女』って曲を思い出すんですよね。何故か」
「僕も聴いてみたいな」
「家にCDありますけど。月曜日に持ってきましょうか?」
今日は金曜日なので、仕方が無い。だけど、これで瀬尾さんと話す理由が出来ることに喜んだ。
「いや、すぐに聴いてみたいから、帰りにCDショップにでも寄ってみるよ。野宮さんも付き合ってくれる?」
今日は瀬尾さんに誘われる日のようだ。
自宅用の茶葉を購入した後、瀬尾さんに付き合ってCDショップに行く。目当てのCDはすぐに見つかった。
「せっかくだから、僕の家で一緒に聞こう」
瀬尾さんからの信じられない一言が。
断る理由も無いので、了承した。
さっき買ったお茶をいれ、ソファに座る。瀬尾さんがすぐ隣に座った。間は15センチほど。
目を瞑り、曲を聴く。あの絵の景色が浮かぶ。
瀬尾さんの手が私に触れた。懐かしい感じがして、もっと触れていたいと思った。
しばらくすると手を握られ、夢の中の私の名前を呼ばれた。
この名前は前世での私の名前。そして、絵の景色は前世で私の居た場所。
私は夢の中の彼の名をつぶやく。前世での彼の名を。
瀬尾さんに抱きしめられる。
彼の腕の中で、何度も前世での彼の名をつぶやく。彼は、耳元で私の前世での名をささやいた。
「やっと、思い出してくれたんだね・・・・」
彼は嬉しそうに、唇を重ねてきた。
気づいたら、朝だった。
いつの間にか寝てしまって、夢で前世での彼の言葉を思い出した。
『生まれ変わっても君を見つける』
「ほら、見つけたでしょう。だから、結婚しよう」
彼は嬉しそうに微笑んだ。
『若き王子と王女』は交響組曲「シェヘラザード」の第3楽章です。
この曲を聴いたときに浮かんだ景色が話しのネタとなりました。