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九話 玄人の工房

 

 *1*


 笠原は居住区の一角に出来た畑を後にし、通りを歩いていた。


 しばらくすると、居住区だった街並みは商業区の様な活気の溢れる騒がしい区域になった。通りを挟んで軒を連ねる家々には、食事が出来る店、衣服や反物(たんもの)などが陳列されている店、装飾品や食器類などが売られている店などが所狭しと並んでいる。


「ここは商店街みたいな所かな。ちょっと楽しいかも。」


 笠原はすっかりミレナスの雰囲気に心を奪われ、これから命懸けの危険な仕事をすると言う事が頭から離れてしまっていた。


 だがポケットに入れてある木札に気付いた時、ピリッと背筋に小さな衝撃が走った。


「そうだ、遊びに来たんじゃないんだ…。早く工房に行かなきゃな。」


 笠原は色々と楽しそうな商業区を早足で抜けた。そして通りの先の突き当たりに、小さな一軒家が見えた。その家の煙突からはモクモクと煙が上がっていて、時折金属を叩く様な音が聞こえて来た。


「あそこが工房かな。とりあえず行ってみよう。」


 少し緊張した足取りでその一軒家の前に歩み寄り、恐る恐るドアをノックしてみた。


「す、すみませ〜ん。」


 家の中からは金属を叩く様な音だけがカンカンと響いているだけで何の返事も無かった。だが、中に人がいる事は確かなので笠原は思い切って扉を開けた。


「ご、ごめんくださーい。」


 扉を開けると中はムッとした暑さで、蒸気や煙が充満していた。


 そしてそのモヤの奥に、白髪頭の痩せた男がハンマーを打ち鳴らして勢い良く何かを叩いていた。


 笠原はその男にもう一度大きく声を掛け直す。


「あのーっ!すみませーんっ!」


 するとハンマーを打ち鳴らしていた男はピタリと手を止め、客の姿に気が付きヨロヨロと立ち上がって笠原の元へやって来た。


「いやぁ、申し訳ない!おや?見ない顔だね?まぁいい、何か用かい?」


 その男は特に怪しむ様子もなく、気さくに接してくれた。


「あ、あの…初めまして。実は、釣り竿を直して貰いたくてここへやって来ました。そうだ、コレを。」


 笠原は要件を伝えると、トルザから貰った木札を手渡した。


「…第三護衛部隊…か。それなら、君が…。」


 その男は先ほどとは打って変わり、少し寂しそうな表情をした。


「あ、はい。第三護衛部隊の釣り師としてやって行く事になりました。」


「そうか…。」


 男は小さく笑みを浮かべたが、やはりその表情からは何かを物語る様な、そんな意味深な表情であった。


 笠原はその男の様子を伺い、何か気に触る様な事を言ってしまったかと思い、心臓の鼓動が少し早まった。


「あ、あの…何かありましたか?」


 すると男は首を横に振り、先ほどの様な気さくな表情で接してくれた。


「い、いやいや!何でもないよ!さて、釣り竿を直すのだな。ちょっと見せてくれ。」


 笠原は折れた釣り竿をその男に手渡した。その釣り竿を手にした男は物珍しそうに笠原の折れた釣り竿をまじまじと見ていた。


「こりゃあ、珍しいモンだな。この程よく硬い持ち手…そしてこの竿の材質…ここのモンじゃあねぇな。アンタ、コレをどこで?」


 笠原はまた迷ってしまった。違う世界から来て、その世界の釣り竿だと言う説明をしていいものかどうか。だが、今回は思い切って本当の事を言ってみる事にした。信じて貰えるか不安であったが、この工房の男とはこれからも付き合いがあると思ったので、嘘をついたり隠し事をするのに抵抗があったからだ。


 そして笠原は、自分の事の全てをこの男に話した。


「実は…。」


 笠原の話しを聞いた工房の男は、腕を組み深く頷くだけで疑ったりはして来なかった。


「なるほど、そういう訳か。昔ばば様が話していた、このミレナスを作った男の話を思い出したぞ。お前さんも、それと同じって訳か。いやいや、興味深い話を聞かせてくれてありがとな。」


 この工房の男はミレナスを作った男の話を知っていた。そしてそれを信じていたので、今回の笠原の話も同じように信じたのだ。


 訳を聞いた工房の男は笠原の折れた釣り竿を持ち、急いで修理作業をしてくれる事になった。


「それなら早く直さなきゃな!この世界の素材と別の世界の素材を組み合わせた釣り竿なんて滅多に作る事は出来んからな!職人として最高の仕事だよ。お前さん、ちょっとそこの椅子に掛けて待っててくれ!」


 そう言うと男は急いで工房の奥へ向かった。笠原は木で出来た簡素な椅子に腰を掛け、釣り竿の完成を待つ事にした。


 男は火を起こし、細い金属の棒の様な物を炙りながら加工し始めた。まるで飴細工をしているかの様に、熱した棒を慣れた手つきで引き伸ばし、先端に行くほど細くなる様に仕上げた。


 それを見ていた笠原は、その手際の良さと職人技術に見惚れてしまう程、素晴らしい作業風景であった。


 そしてさほど時間も経たずに、工房の奥から完成した釣り竿を持って男がやって来た。


「ほれ、完成したぞ!ちょっと持って見てくれ。改良点があればこの場で直せるからな。」


 笠原は直してもらった新しい釣り竿を手にした。そして軽く振ってみただけでも分かるその完成度に、彼は驚きを隠せなかった。


「す、凄い…。こんな竿、今までに持った事もない。」


 竿は根元からしっかりと接着されていて、まるで美しい溶接をした様な仕上がりであった。


 その竿はまるで金属の様な張りと粘りがあり、尚且つカーボンを遥かに超える程の軽さを持ち合わせていた。


 そしてこの竿の仕上がりで最も驚いたのは、ガイドが竿本体と融着(ゆうちゃく)して一体化されている所だ。本来、リール付きの釣り竿には竿本体、いわゆるブランクスにガイドと呼ばれる釣り糸を通す金属製の輪が接着されている。それをスレッドと呼ばれる化学繊維の糸で巻き、その上からエポキシ樹脂で固定してあるのだ。


 だがこの竿は違う。ガイドがブランクスと一体化していて、その継ぎ目が見えない程美しい仕上がりなのだ。その淡い銀色の金属的な竿は、見る者も扱う者も魅了してしまう。そんな素晴らしい釣り竿であった。


「いやぁ、実に凄い竿だ。本当にありがとうございます。これならきっと沢山の魚が釣れると思います。」


 笠原は工房の男に深々と礼を言った。その男も笑顔で答えてくれた。だが、やはりその男の笑顔からは少しばかりの寂しさが伺える。


 笠原はそこが気になり、あえて明るく接して相手の様子を伺う事にしてみた。


「あ、そう言えばまだ自己紹介してませんでしたね。俺、笠原って言います。今後ともよろしくお願いします。」


 すると工房の男もニッコリ笑って自己紹介をしてくれた。


「カサハラさんね、よろしく。私はカルノと言います。」


 その男はカルノと名乗り、笠原に手を差し出してきた。笠原もそれに合わせ彼と握手をした。


 するとカルノは、しんみりとした表情で伏せ目がちに口を開いた。


「こんな話、聞きたくは無いでしょうが…。」


 笠原は無言で首を振り、カルノの話を聞く姿勢を取った。


「いえ、何でも話してください。俺に出来る事があれば力になります。」


 笠原がそう言うと、カルノは一度大きく息を吐いて話し始めた。


「…以前の第三護衛部隊の釣り師の事はもう聞いておるな。その男の名はアルノ。何を隠そう、私の実の息子だ…。」


 笠原はその名前を聞いただけで、胸が張り裂けそうになった。何故なら、その亡くなったカルノの息子であるアルノの家を使い、そして彼の衣服をも着ているからだ。


「そんな…すみません。何も知らなかったもので…。」


 思わず謝ってしまった笠原だが、それ以上の言葉は浮かんでこなかった。


「いやいや、いいんだよ。お前さんが悪い訳でもなかろう。アイツの服もピッタリみたいで何よりだよ。どうかね?時間があれば少しだけここでゆっくりして行かんか?飯でもご馳走するからさ。」


 カルノは寂しさを隠す様に明るく振舞った。だが、笠原は感じていた。亡くなったアルノと自分を重ねて見ているのかも知れないと。


 笠原は少しでもカルノの気持ちが和らぐのならと思い、笑顔で返事をした。


「それじゃあ、ちょうどお腹もすいていたし、せっかくなのでお言葉に甘えさせて頂きますね。」


「よかったよかった。じゃあ、とびきり美味い魚があるから一緒に食べるとしようか!」


 そう言ってカルノは笠原を工房の奥にある居間へと案内した。


 ”本当なら、自分の息子とこうして一緒に食事がしたかったのだろう。本当なら、息子の為の釣り竿を作ってあげたかったのだろう。本当はもっと、息子と一緒にいたかったのだろう。”


 そう思いながら、笠原は工房の奥へと向かうカルノの後ろ姿を見つめていた。



 *2*


 工房の奥には台所と六畳程の居間があり、その中央に座布団と小さなテーブルがちょこんと置いてあるだけであった。


「さ、いま支度するからそこに座って待ってておくれ。」


 カルノの言葉に軽く会釈をし、笠原は座布団に腰を下ろした。


 少しして、台所からカルノがお茶を淹れてやって来た。


「もうここの畑は見たかい?そこで栽培している薬草を使ったお茶だ。ちょっと苦いが体にはとても良い。」


 そのお茶からはツンとした若草の様な香りと何かの花の様な爽やかな香りが混ざっていて、馴染みのあるハーブティーの様であった。


 笠原はお茶をすすり、カルノはまた台所に向かった。その様子を見ていると、台所の下の扉から木の箱の様なものを取り出し、カルノはそこから一匹の大きな魚を取り出した。


 そして彼は包丁を片手にその魚を慣れた手つきで捌いていく。


 時折ぐっと力を入れ、ゴツリと骨を断つ音が聞こえて来る。笠原は一体どんな魚なのだろうと内心ワクワクしていたが、ここは大人しく待っている事にした。


 しばらくして、大皿に盛り付けた魚のお造りを持ってカルノがやって来た。


「さあ、出来たぞ。今朝取れた魚だから新鮮で美味い。こればかりは刺身で食うのが一番だ。」


 カルノはそう言って、小さなテーブルの上にその大皿を置いた。


「うわぁ、凄い。こんな綺麗な身の魚は初めて見ました。」


 その魚の身は淡いピンク色で微かに透き通って見えた。身の表面には艶があり、いかにも新鮮である事を表している。


 カルノは笠原に箸と小皿を渡し、そして白い粉を差し出した。


「これは塩だよ。この魚はこの塩をかけて食べるのが最高に美味い。」


 そう言われて笠原はその魚の一切れを箸で取り、少量の塩をかけ口に運んだ。


「うっ、美味い!凄く美味しいです!」


 その笠原の喜ぶ表情を見たカルノは、我が子を見る様に微笑み、久しぶりの誰かとの食事が楽しい様であった。


「そうか、それは良かった。死んだ息子もこの刺身が大好きでな…。つい、お前さんと息子を重ね合わせてしまった。」


 笠原はその言葉に手を止め、一旦箸を置いた。


「いやはや、こんな老いぼれのわがままに付き合わせてしまって申し訳ない。でももし迷惑でなければ、いつでもこうして遊びに来て下さい。カサハラさんなら大歓迎です。」


 カルノの言葉には、優しさと寂しさが織り交ぜられていた。


 笠原はそんなカルノの思いを汲み取り、ほんの話し相手にでもなれればと笑顔で答えた。


「もちろんです、カルノさん。釣り道具のメンテナンスもして貰いたいので、嫌って言うほどここへ来ちゃいそうです。俺の方こそ、よろしくお願いします。」


 そして二人はこの後も食卓を囲み、世間話や釣りなどの色々な話をしながら美味しい魚の刺身を食べた。



*用語説明*


・ブランクス……ブランクス、またはブランクと呼ばれる釣り竿の無垢材。これにグリップやガイドをつける事により、「釣り竿」として機能する。


・ガイド……釣り竿に付いている糸を通す金属製のリング。


・スレッド……ガイドをブランクスに取り付け、強固に接着する為の化学繊維の糸。


・エポキシ……2液型の化学反応式樹脂。主剤と硬化剤を1:1の割合で混合させ、化学反応で硬化する。

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