七話 野人(のびと)の犠牲
*1*
笠原とトルザは、もう二度と帰る事の無い主人の部屋で向き合いながら話をしている。
「こ、殺された…?一体誰に?」
笠原はそのトルザの言葉を聞くまでここの主人は不慮の事故か何かで命を落としたのだと思っていた。
笠原がその理由をトルザに問うと、先ほどまでの寂しい表情とは打って変わって静かな怒りを表した表情をした。
「野人だ。」
「の、のびと?な、なんですかそれ?」
トルザは腕を組み、その野人について話し始めた。
「まず、奴らは人間じゃない。姿形は人間と似ているが、長い手足と鋭い爪を持った残忍な怪物だ。普段は日の当たらない洞窟や地下に住んでいる。皮膚は青白く半透明で、目は四つもある。」
その後もトルザは野人について話を続けた。
「奴らは紛れも無いハンターだ…。」
そのトルザの話しによると、野人は集団で狩りをする性質を持っており、獲物を見つけると隙を見て数匹で襲い掛かってくる様だ。
その鋭い爪で獲物の喉を掻き切り、手足に噛みつき動きを封じ、内蔵を引きずり出して捕食する。そして残った残骸を巣穴の洞窟や地下に持ち帰る為、襲われた人間の遺体は殆ど戻って来ないと言う。
ここの家の主人も、その野人に襲われて命を落としてしまったのだ。
「俺達が付いていながら…くそっ。」
トルザは悔しさを滲み出し、組んだ腕を解きその拳を固く握り締めた。
勘のいい笠原はある事に気が付いて、トルザに話しかけた。
「も、もしかしてトルザさんたちが護衛の対象としているのって…。」
トルザは不安そうな笠原を見つめ、静かに頷いた。
「あぁ。俺達の様な護衛部隊は資源釣りをするお前達の身を守る為にある。資源釣りはこのミレナスにとって最も重要な仕事の一つだ。だがここの主人の様に命を落とす人間は少なくない。野人の恐怖に怖気付いて護衛部隊の傍から離れたら最後だ。奴らはそこを狙って突然やって来る。」
ここミレナスにとって、資源釣り師は重要な役割を果たす。それは命の危険をも伴う重大な仕事なのであった。
そしてミレナスは安定した資源を供給し続ける為に、釣り師を守る護衛部隊を設立した。釣り師一人につき、最低二人の護衛を付ける決まりとなったが、リリィやトルザの様に屈強な戦士と成り得るものは中々現れなかった。
その為、現在ではリリィとトルザを含め、護衛部隊として任務を遂行しているのは15人、六部隊だけである。彼ら護衛部隊は、増え続ける野人を駆逐しに行く為に、時折単独部隊での出動もしているのであった。そんな時に、リリィとトルザは笠原を発見したのである。
「俺がもっと強けりゃ…。」
そしてトルザはまた話しを続ける。彼は悔しさを噛み締めて口を開いた。
「…この家の主人、名前はアルノ。いい奴だったが、初めての野人の襲撃にビビっちまって俺達の傍から逃げ出しちまったんだ。こっちも必死だったが、アルノを助ける事は出来なかった。中には護衛部隊がやられてしまう時もある。」
笠原はそのトルザの話しを聞いて、軽い気持ちでこの仕事を請け負った事を後悔していた。まさか釣りをするのに命懸けだとは思ってもいなかったからだ。
だが、笠原はずっと気になっていた決定的な疑問があった。
「と、ところで資源釣りって…何を釣るんですか?」
その言葉にキョトンとしたトルザは、またいつもの様な表情にも取り笑いながら答えた。
「そうか、すまんすまん!まだ資源釣りについて説明してなかったな。とりあえず、こんな所で突っ立ったままじゃなくそこに座って説明してやろう。」
そしてトルザと笠原は死んでしまったアルノのテーブルの椅子に腰を掛け、資源釣りについての話しをし始めた。
*2*
二人はテーブルを囲み、向き合って座った。
トルザは死んでしまったアルノの事を思っているのか、一度テーブルを優しく撫でた。
「すまんな、アルノ…。」
そしてトルザはもう一度腕を組み、資源釣りについての説明をし始めた。
「さて、資源釣りについて説明してやろう。まず、このミレナスにとっての資源とは特別な性質を持った魚だ。」
トルザの話しによると、資源釣りとはこう言う事であった。
まず、大きく分けて三種の特別な魚がいる。
一つは鋼魚と言う魚で、高温の熱を加えれば加える程金属のように硬質化し、それは鋼の硬さをも凌駕する程である。主に武具や建材、食器や装飾品などに加工される為、このミレナスにとって一番使用頻度の高い資源となる。陸地の無いミレナスでは、大地からの鉱物資源が取れない為、この鋼魚を重宝していた。その鋼魚の加工技術はミレナスの職人でしかなし得ない業であり、特別な知識と技術が必要になる。
もう一つは燃油魚。その名の通り燃料としての役割を果たす。この燃油魚は寒冷地方に多く生存していたが、地殻変動により各地の海へと散らばった。大きくて1メートル程に成長し、その体内に蓄積された脂肪を精製した物が燃油として使われる。また、その身は脂肪が多い為あまり美味しくは無い。
そして最後は繊紡魚。この魚は主に衣服や織物、そして縄や釣り糸などの繊維として使われる。体長は平均して50センチ程だが、その身は強靭な筋肉質で非常に遊泳能力が高く、釣り師にとってはその強い引きが魅力である。加工方法は、身を開き二〜三日ほど天日干しをする。完全に水分が抜けたその身は非常に繊細な繊維質となり、それを紡いで糸にすると言う。
またこの三種の資源魚の他に食用としての魚もいるが、これは釣りでは無くシドラと網を利用した漁法で捕獲すると言う。
この三種の資源魚は他の食用魚と違って群れをなしていないらしく、網などで大量に捕獲する事が出来ないらしい。従って、資源魚がいるであろう場所に赴き釣りによって単体を狙わなければならない。その為の専属の釣り師がこのミレナスに必要不可欠なのであった。
「…と、まぁこんな感じだ。理解は出来たか?」
トルザの説明が終わり、笠原は自分に課せられた仕事がどれ程重要な事なのかを理解した。
「はい、とりあえず俺の仕事の内容は理解しました。死ぬのは怖いですが、何故かやる気はあります。」
そう、笠原は釣りのプロだ。それが異世界でも通用するのかは分からないが、プロとしての誇りは持っている。そのプライドにかけても資源魚を釣り上げてやろうと心の奥で好奇心に似た感情が湧いて来ていた。
そしてそんな笠原のやる気に満ちた表情に、トルザはにこやかな顔をして礼を言った。
「よし、よく言ってくれた。頼もしい釣り師だな。ありがとよ。まぁ、俺達が付いてるから身の安全は保障するぜ。…お前が俺達の傍から離れなきゃな。」
そう言ってトルザは大きな右手を差し出してきた。笠原もそれに応え、これから仲間としてやって行く事を誓い、トルザと固い握手をした。
「よろしくな、カサハラ。」
「よろしくお願いします。トルザさん。」
こうして男二人の間に、少しばかりの友情が芽生えたのであった。