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六話 資源釣り師・第三護衛部隊

 *1*


 四人のいる部屋は先ほどよりもしんと静まり返り、ばば様の吐くキセルの煙だけがもやもやと漂っていた。


 笠原はこのミレナスの歴史を知り、そして別の地球に来てしまったと言う自分と同じ境遇の人間がいた事に驚きを隠せずにいた。だが同時に、斉藤貴之と言う男がこの地で生涯を終えた事知り、もう二度と自分のいた地球に戻る事は出来ないのかもしれないと言う、先の見えない絶望も覚えたのだ。


「俺も…元の世界には戻れないのですかね…。」


 笠原は俯きながら小さな声で言葉を発する。だが、思いの外ばば様は明るく応えてくれた。


「まぁ、そう気を落とすでない。未来のことは誰にも分からん。この男が元の世界に戻れなかったとしても、お前さんはそうと決まった訳でもなかろう?お前さんも、この男と同じ様に希望を捨てるでないぞ。」


 ばば様はニコニコしながらキセルをふかしていた。その笑顔に、笠原は救われた様な気がしたのか、少しだけ笑みがこぼれた。


「…そうですね。まだ決まった訳じゃないし、俺ならその刻操魚ってやつを釣ってみせますよ。」


 そう、笠原はプロの釣り師。いわゆるプロアングラーなのだ。今までどんな状況でも知恵と己の感覚を駆使して幾多の魚を釣り上げて来た。それが別の世界でも通用するのかは分からないが、未知なるフィールドで未だかつて獲った事のない魚に出逢えるかも知れない。そしてあの刻操魚を釣り上げる事が出来るかも知れない。そう思うと、笠原は少しばかりの希望と期待を持てるようになった。


 するとばば様はまた大きくキセルをふかし、煙を吐き出しながら笠原に言った。


「そうじゃ、お前さん。確か釣りが得意だと言っておったな?それならどうじゃ、しばらくこの地で”資源釣り”の仕事をやらぬか?」


 笠原はまた聞きなれない言葉にキョトンとしながらばば様に問いかける。


「し、しげんつり?…ってなんですか?」


 するとその時、リリィが慌てた様な素振りでばば様に詰め寄って声を上げた。


「ば、ばば様!?まさかこんな奴に務まるとでもお思いですか!?」


 そのリリィを制するかの様に、ばば様は落ち着いて話し始めた。


「まぁそう言わさんな、リリィよ。話によればカサハラは向こうの世界で釣りを職業としている玄人と言うではないか。それにこの街でしばらく暮らすには仕事もして貰わなきゃならん。ここは一つ、その腕試しとして資源釣りをして貰おうぞよ。よいな?リリィ。」


 ばば様のその言葉に、リリィは不服そうであったが小さく頷いて静かになった。


「では、決まりじゃ。カサハラよ、お前さんは今後リリィとトルザの第三護衛部隊と共に資源釣りをして貰う。その役目の応酬として、このミレナスで自由に暮らすが良い。」


 笠原は幾つもの疑問を抱いていたが、そんな笠原を差し置いて話はとんとん拍子に進んでしまい、ついには仕事まで決まってしまった。


「は…はい。じゃあ、その資源釣りってのをやらせて頂きます。よ、よろしくお願いします。リリィさん、トルザさん。」


 笠原は新しい仕事、そして第三護衛部隊のチームとして彼らに挨拶を交わした。


「おう、宜しくな。」


「宜しく。」


 その様子を見たばば様はニッコリと笑みを浮かべ、新しい三人組を見ては大きくキセルをふかした。


「では、詳しい事は後ほどトルザに説明して貰うが良い。まずは、ここミレナスでのお前さんの住まいを授ける。トルザよ、案内してやってくれ。」


 するとトルザとリリィはスクッと立ち上がり、それを見た笠原も慌てて立ち上がった。


「ハイ!ばば様。では、失礼します。」


「ばば様、また来ますね。」


「あ、し、失礼します。」


 こうして三人は、ばば様のいる部屋を出てこの屋敷を後にした。




 *2*


 リリィ、トルザ、笠原の三人は屋敷前の広場にい。


 そこでリリィは二人と別れる事になり、笠原は残ったトルザにこのミレナスでの新しい住まいの案内をしてもらう事になった。


「さぁ、行くとするか。まずはカサハラの新しい家を紹介してやろう。ついて来な。」


 そう言うとトルザは大股でズカズカと先を歩いた。笠原はそれに置いて行かれないよう早歩きでトルザの後をついて行く。


 するとトルザは急に立ち止まり、笠原の方にクルッと振り返った。そしておもむろに背中に付けている大剣に手を伸ばした。


「そうだ。これ、お前のだろ?」


 トルザが出したのは笠原の使っているリールが付いたままのロッド(釣り竿)だった。


 だがトルザが手にするそのロッドを見た時、笠原は大きくうな垂れた。


「あぁぁ、はい。俺のです。やっぱ折れてたかぁ…。」


 そう、その笠原モデルのロッドはグリップから少し上を残してポッキリと折れてしまっていたのだ。


「お、俺がやったんじゃないぞ!最初からこの状態でお前が倒れてた島の浜辺に落ちていたんだ。新しい武器かと思って預かっていたんだよ。」


 もちろん、笠原はトルザを疑うことは無かった。むしろ、その風貌からは想像出来ないが思いの外心の優しい男だと思っていた。


「いやいや、大丈夫ですよ。疑ったりしてません。預かって頂いてありがとうございました。リールが無事なだけでも幸運ですし。」


 そう言って笠原は自分の右腕とも言える折れたロッドをトルザから受け取り、折れたロッドを手にしてリールをクルクルと巻いている。


 それをトルザは物珍しそうに見つめていた。


「ほぅ、中々面白い動きをするもんだな。その機械の様なものを見ると、カサハラのいた世界では随分と文明が進んでいる様だな。」


 笠原はまだこの世界の事を殆ど知らないのだが、元いた世界とは明らかに文明の進行度が違っている。


 電気もガスも無く、車も無ければ飛行機も無い。前の世界からすれば、およそ200〜300年程前の文明の様に思えた。


「確かに、俺のいた世界では色々な物が便利になっています。シドラみたいな生物を利用しなくても、何百、何千と言った人を乗せて海を渡る船があったり、空も飛べて宇宙にも行けます。」


 笠原の言う、まるでこの世界では想像もつかないような話を聞いていたトルザは

 頭の中がパンクしそうになった。


「な、な、何だかすごい世界なんだな。俺には到底想像もつかんぞ。」


 トルザの表情から何かを悟り、笠原は苦笑いを浮かべこれ以上元いた世界の話をするのを控えた。


「ま、まぁ、俺のいた世界の話はまた今度ゆっくりしますよ。俺はこっちの世界の方が気になりますし。」


 そう言うと、ゴーグル越しにトルザはニコっと笑みを浮かべ、また笠原の前を歩き出した。


 しばらく二人でミレナスの街を歩いていると、一軒の小さな木造の家の前でトルザは立ち止まり笠原に向けて手招きをした。


「さぁ、ここがお前の新しい住まいだぞ。遠慮なく使ってくれ。」


 そう言われて笠原はその小さな木造住宅の扉を開け、中に入った。


「え?ここ、空き家とかじゃ無かったのですか?」


 その家の中を見渡すと、あたかもつい先日まで誰かがここで生活をしていたかの様な名残があった。


 ベッドの布団はめくれ、衣類なども脱いだままそのベッドの上にある。小さなテーブルには飲みかけのカップや金属で出来た様な丸皿、変わった形のフォークなどがある。


 壁には絵画や魚の剥製などが飾られてあり、部屋の隅に釣り竿の様な細い物とタモ網などが立てかけてあり、部屋全体を見るとあたかもこの家の主人の帰りを待っている様な、そんな非常に生活感のある部屋であった。


「だ、誰かの家じゃないんですか?」


 その笠原の問いに、トルザは数秒の沈黙を開け少し低い声で答えた。


「そうだな、誰かの家…だった。」


 トルザのその様子を伺い、笠原はあまり良いことでは無いなと思い、言葉を無くした。


「ここはな、ついこの前まで俺達の部隊で一緒にいた奴の家だ。お前と同じ、釣り師だよ。」


 笠原は思い切ってトルザに聞いた。


「そう…ですか。その人、どうしたんですか?」


 その問いに、トルザはゴーグル越しに少しばかり寂しそうな表情を浮かべ、その大きな体格とは裏腹に小さく話しをした。


「…死んだよ。殺されたんだ。」


 笠原はその言葉を聞き、その人物がどうなったのか半ば予想はしていたが、やはり心が苦しくなった。


 このミレナスは一見平和そうに見えるのだが、笠原の知る事の無い何か只ならぬ深い事情がある様であった。




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