四十話 王との対峙
*1*
真夜中のゼオール港。街の玄関口であらひ大門を潜ると、そこは埠頭の様な場所が広がり辺りにはいくつもの火の灯った灯明台立てられ、賑わいすら無いがまるで港町の様な造りになっていた。
任務を終え帰還したセスの戦艦はゆっくりとその埠頭内を進み、一際大きな桟橋へと停泊した。
船の動きが止まると兵士達は船側からタラップを下ろし、大小の荷物を抱えながら一人一人と足元を気にしながら降船する。
その最後に現れ笠原を連れたセスの一行は、ゆっくりと降船しすぐに隊列を成してゼオール港の大桟橋を行く。
手縄をされ前後の兵士に挟まれながら、笠原も彼らの歩くままにその後を付いている。
「ここが……ゼオール…。」
笠原は巨大な城壁に囲まれたゼオール港をぐるりと見渡し、その規模の大きさに驚きを隠せずにいた。
すると、兵士達を先導する様に前方を歩いていたセスがゆっくりと速度を落とし、笠原の元へ向かい歩みを合わせた。
「良いか、これよりゼオール城へ向かい王ゼオリウス様に合う事になる。もう一度言うが、くれぐれもおかしな真似は起こさぬ様、心掛けてくれ。」
セスはそう言うと、また歩みを進めて兵士達の先頭に立って歩いた。
暫く港内を行くと、外界の城壁よりも少し低い造りの城壁が現れ、その門を皆で列を成して潜る。
先程まで火の灯りで眩いほど明るかったが、門の中は松明の明かりだけで薄暗かった。
「うわ……これって…凄い……!」
薄暗い門を潜り抜けると、笠原の目前には驚く様な光景が広がっていた。
「ま、まるで東京みたいだ……。」
そう、それは石造りで出来た中規模のビルやマンションの様な建物が連なりそびえ立っており、まるで東京の様な現代都市その物と同じような街並みになっていた。
夜中だと言うこともあってか、辺りはシンと静まり返っているがその建物の窓からは暖かい光が漏れ、人が住んでいるのが分かる。
そんな光景を目の当たりにし、笠原は思わず足を止めてしまう。
「おい、さっさと歩け。」
だがすぐさま背後の兵士に背中を押され、もたつきながら足を進めた。
するとその一行は街を両断するかの様に真っ直ぐに伸びた大通りに出て、そこで待っていた馬車に乗り始めた。
「さぁ、あとはこれに乗って城まで向かう。」
セスは笠原の手縄を掴み彼を先に馬車に乗せ、そのあと直ぐにも同じ馬車に乗ってきた。
「では、よろしく頼むぞ。」
セスが馬車の兵士に声を掛けると、ガタンと言う振動と共にゴロゴロと馬車にが動き出した。
笠原は馬車の窓からは外の景色を眺めて、どこかその風景に懐かしさを覚えた。
その様子を見ていたセスが、笠原に問いかける。
「やはり、お前の住む世界と似ていると思うか?」
笠原は彼の言葉に応える。
「えぇ、まるで俺の住んでいた”東京”って言う街とそっくりです。でも、どうして…?」
その問いに、セスは馬車の窓に目をやりながら静かに口を開いた。
「それは…また後ほど説明するとしよう。」
二人はそれ以上口を開くことは無く、ただ窓の外をぼんやりと眺めるだけで、馬車の中には少し重たい空気が漂っていた。
*2*
木製の車輪がガタゴトと音を立て、ゼオール城まで一直線に伸びた石畳の大通りを進んだ。
二人を乗せたその馬車は、程なくしてゼオール城の城門の前に辿り着き、数人の兵士に出迎えられながらセスと笠原が降車する。
「これがゼオール城か…すごいな…。」
笠原は目前に立ちはだかる巨大なゼオール城を目にし、大きく見上げながら口をぽっかりと開けていた。
都市を囲む巨大な外壁、その内側には港と街を隔てる内壁があり、更には城を囲む様にそびえ立つ城壁。帝都ゼオールは三重もの壁によって、その都市と城を厳重に守られている構造になっていた。
「おいお前!そんな所で立ってないで早く歩け!」
すっかりその巨大なゼオール城に魅せられてしまっていた笠原の背中を、少し苛立った兵士が急かす様に押し出した。
「す…済みません…。」
笠原は未だかつて見た事の無い様々な光景に、自分の置かれた立場すら忘れそうになってしまったが、背中を押した後ろの兵士の腰に下げている剣を目にした時、この世界では敵となる物をいとも容易く斬り殺す事が常であると言う事を改めて実感した。
(そうだよな…俺は客として招かれたんじゃなくて、俗に言う人質とか捕虜とかって言うやつだ…。)
笠原は生唾をゴクリと飲み込み、素直に兵士の言う事を聞いてそそくさと歩き始める。
そんな彼を連れたセスの一行は、城門を抜けゼオール城内へと足を運び入れた。
ゼオリウスの元へは、城内にあるいくつもの階段を登り、そしてまた多くの扉を通らなければならない。
笠原は手縄を縛られ、薄暗い城内の廊下を歩いたりいくつもある階段を登る。彼は元の世界で夜釣りも良く行っていたので、普段なら足場の覚束ない暗い場所でもある程度慣れている筈なのだが、両手を後ろで縛られていると言うこの状況下であるが故に、慣れと言う慢心感はとうに消え去り恐怖感だけが数倍にも増してしまった。
そんな彼を気遣うかの様に、セスは肩越しに声を掛ける。
「足元に気を付けなされ。これから王に会うと言うのに、大怪我されては困るからな。」
笠原はそんなセスの言葉も上手く耳に入らず、ただひたすら意識を集中しながら暗がりの階段を登り続けた。
いくつかの扉を抜け、また階段を登り廊下を歩き続けていると、彼らの前に一際大きく美しい装飾の施された立派な扉が現れた。
セスはその扉の前にいる守衛の二人に何かを囁くと、その守衛はビシッと背筋を伸ばしゆっくりと扉を開け、セス達を迎え入れた。
「セス様、どうぞ。王がお待ちです。」
そう言うと、セスは守衛の二人に対し軽く頷く様に会釈を交わし、静かに王間へと足を踏み入れその場に跪いた。
「セス、只今戻りました。」
その姿を後ろから他の兵士達と見ていた笠原は、その威厳ある空間に圧倒され、知らぬ間に額や背中に汗が滲んで来ていた。
すると、部屋の中から低くも紳士的な声が響き渡り、笠原は思わず背筋を伸ばした。
「ご苦労であった、セスよ。さぁ、顔を上げてくれ。まずは無事に帰還した事を喜ばしく思う。」
その言葉にセスはスッと立ち上がり、もう一度頭を下げて話を始めた。
「そのお言葉、誠に有り難き思いで御座ります。では、早速ですが例の男を連れて参りましたので、王間への入室の許可を。」
王は玉座に座りながら、軽く笑みを浮かべ手招きで合図した。
そしてセスは背後の扉の方へ振り向き、笠原と兵士達に入室する様促した。
兵士と共に、笠原も王間へと足を踏み入れる。だが、その足は王を前にして緊張のあまり小さく震え出していた。
「よし、お前達は下がってよろしい。任務ご苦労だった。ゆっくり休んでくれ。」
笠原の両側にいた兵士達は一度その場で跪き、その後深く頭を下げて王間を後にした。
「セスよ、まずはその縄を解いてやれ。」
王の言葉のすぐ後に、セスは笠原の後ろにまわり小刀で縄を切って解く。すると、笠原の両手はじんわりとした血流の温かみが戻ってくるのを感じた。
「では二人とも、こちらへ参るが良い。」
セスと笠原は王の元へ行き、セスがその場で跪いたのを見て笠原も見よう見真似で跪いてみせる。
「カサハラ…と言ったな。よくぞ来てくれた。と言っても、我々が無理に連れて来たのだが…まあ、ひとまずは長旅ご苦労であった、とでも言おう。」
笠原はこれから自分がどうなるのか、このまま役目が済んだら殺されてしまうのだろうか。王を目前にして、リリィの兄がこの王ゼオリウスによって殺害された事を思い出し、自分も同じ道を辿るこ事になるかも知れないと、緊張と恐怖で身震いし始めていた。
「そうだな…カサハラ。お前には聞きい事が多くあるのだが、何せ今は夜中でこの時間だ。詳しくはまた明日にでもゆっくり話を聞かせてもらおう。」
「ただ、一つだけ……。」
王は途中で話を切り、その悠々たる玉座から腰をあげ笠原の元へやって来た。
「…お前は本当に、別の世界からやって来たのか?」
笠原を見つめる王の目は、その視線だけでも相手に真実を語らせる程の恐怖感を与える、まさに鋭く厳格な眼差しであった。
その獣に睨まれた小鳥の様に、笠原は声を震わせ目の前の王の問いに応える。
「…は…はい、本当です…。」
すると王の顔からは僅かな笑みが溢れ、先ほどまでとは別人の様な柔らかな表情を見せ、玉座へと戻っていった。
王はもう一度ゆっくり玉座に腰を下ろすと、大きく脚を組んだ。
「よろしい。ではセスよ、彼を”あの子”の隣の部屋へ案内してやれ。」
そう言うと、セスは身を震わせた笠原を支える様に立ち上がり、一歩下がって頭を下げた。
「畏まりました、ゼオリウス様。では、これより彼を地下牢へ。それでは、失礼致します。」
笠原は”地下牢”と言う言葉に目を見開き、先ほどまで感じていた恐怖感が、この瞬間に絶望感へと変わっていった。
もはや囚われの身、笠原は敵国に捕らえられた囚人や捕虜と言った立場を痛感し、今後自分の身に起こる最悪の事態も自ずと想定してしまっていた。
そんな笠原を連れ、セスはもう一度彼の両手に手縄を
縛り、最後に王に頭を下げて王間を後にする。
二人は扉を抜け、地下牢へ向かう為にもう一度薄暗い城内を行く。
その道中、セスは笠原に小さく言伝をする様に囁いた。
「…不安や不服もあるであろうが、今はまだ辛抱してくれ……。」
笠原はそのセスの言葉の意味を知る由もなく、ただトボトボと足元をふらつかせながら薄暗い城内の廊下や階段を降りていた。
暫くして、城の地下へと続く階段の元へやって来た二人は、そこでセスが守衛の兵士と話を始めた。
「……という事だ。よろしく頼むぞ。」
話を終えたセスは笠原の前に立ち、ゆっくり口を開く。
「では、私はここまでだ。後はこの兵が地下牢まで案内してくれよう。下は少し寒いが、今日ゆっくり休んでくれ。」
そう言ってセスは暗がりの中へゆっくりと消えて行った。
笠原はそんなセスの後ろ姿を見送った後、途端に一人きりになってしまった様な、そんな不安や寂しさを感じる事になった。
無論、セスは敵でありリリィを傷付けた張本人ではあるが、その態度や言動、少しの間だが共に過ごした時間の中で、笠原は単純に彼を”敵”として見る事に僅かな抵抗が生まれていたのだ
そして笠原はそんな複雑な思いを胸に秘め、兵士に連れられ仄暗い地下牢への階段を一歩一歩と静かに下りて行くのであった。




