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三十九話 帝都への帰還

 *1*


 晴天の青空に漆黒の翼を広げ、飛竜ヒドラは天高く舞う。


 眼下には群青色の空を映し出した海原が潮のうねりを描いて広がり、僅かに白波が立つ中にポツンと一隻の船が見える。ヒドラはその船に進路を合わせ、ゆっくりと降下し始めた。


「ご苦労であったな、ヒドラよ。」


 セスはヒドラの首元を優しく撫で、それに応えるようにヒドラは甲高い声を一度だけ上げた。


 そのヒドラの背中には、セスの他に意識を失っている笠原が縄で縛られ乗っている。


 これと言って身体を鍛えていた訳でも無く、ましてや初歩的な剣術訓練しかしていなかった笠原はセスの一撃に耐え得る受け身も取れずにいたので、いとも簡単に無抵抗の身となってしまった。


 だがそれも仕方ないと言えばその言葉通り、彼は兵士では無くただの釣り師なのである。無論、元の世界でもそれは同じくであった。


 そんな二人を乗せたヒドラは、その躯体を翻し甲板の上に美しい着地をして見せた。


「セス様、ご無事で何よりです!」


 数人の兵士達が戻って来たセスを出迎え、縄で縛られた笠原を担ぎ降ろした。


「そこの若い兵達よ、彼は捕虜の身であるが手荒い真似はせんでくれ。ひとまず縄をほどき、眼が覚めるまで船室で休ませなされ。」


 セスは若い兵達にそう言うと、ヒドラの手綱を持って船尾の鉄柵の檻へと向かった。


「ヒドラよ、すまんがまたもう暫くここで我慢しておくれ。」


 ヒドラもセスの事を理解している様子で、おとなしく自ら檻の中へとその漆黒の身をくぐらせる。


 ヒドラが檻の中に入るのを確認すると、ガチャリと重たい音を甲板に響かせ大きな鉄製の鍵を掛け、セスはゆっくりと笠原の居る船室へと向かった。


 その途中、セスは操舵室により兵士に声をかける。


「準備は整った。これよりゼオールへ帰還する。全ての偵察船に帰還命令を発してくれ。宜しく頼むぞ。」


 そう言うと、兵士はビシリと背筋を伸ばし敬礼をし持ち場について出航の手はずを組んだ。


 程なくして、セスの乗る戦艦はゴトゴトと音を立て重たくゆっくりと動き出した。


 セスは操舵室の扉を開け、船の進行方向とは逆に船内の廊下を歩く。


 そして二人の兵士が警備する一つの船室の扉の前に立ち、軽く目を合わせ扉を開ける。


「おや、気が付いたようだね。気分は……良くはないであろうな。」


 彼が船室へ入ると、笠原は既に意識を取り戻していた様でベッドに腰をかけて鳩尾(みぞおち)の辺りを片手で抑えていた。


「あぁ……まだ痛む。とりあえず、ここが船の中であなた達の街へ向かってるって事は…分かります。」


 笠原は一通りの状況は把握している様だったが、それ以前に孤島でのセスによる一撃の名残が消えずに顔を歪めている。


「いやはや、手荒い真似をして申し訳無かった。では、改めて自己紹介としよう。」


 セスは軽く陳謝をしたのち、先ほどの孤島での威圧感を全く感じさせない柔らかな表情をした。


「私は帝都ゼオールの王、ゼオリウス様の側近であるセスと言う者だ。」


 笠原はそんなセスの表情や振る舞いに、敵とは言え礼儀を重んじる筋の通った人間であると感じた。


「お、俺は……」


 そう自らも自己紹介をしようと口を開いた時、セスが右手を前に差し出し軽く顔を左右に振った。


「いや、存じておる。もう一つの世界から来た男、カサハラであろう。」


 その言葉に、笠原は目を丸くして驚いた。


「ど、どうして…それを?」


 自分の名前を知られていた事より、もう一つの世界からやって来たと言う事を知られていた事に笠原は驚きを隠せなかった。


 するとセスはやや曇った面持ちで、何かを濁すような口調で応えた。


「まぁな…ある者からの情報……いや、済まぬ。我々は大国であるが故、他国の情勢などにも目を光らせておるのでな。」


 半ば納得の行かない説明だったが、笠原はそれ以上問いただしても答えは変わらないと思い、そのまま話を続けた。


「それで、リリィ…いや他の皆は無事なのか!?」


 笠原は怪我を負ったリリィや他の二人がその後どうなったのかが気がかりで仕方なかった。


 だがそんな焦る表情の笠原を(なだ)める様に、セスは落ち着いた表情で語った。


「無事も何も、お主が大人しくこちらへ来てくれたお陰で、彼女らにはそれ以上何も手を出しておらぬ。いや、出さずに済んだと言う方が正しい。」


 そう、笠原はこのセスと言う男に何か腑に落ちない物を感じていた。


「あ、あなたは一体……敵なのに、何の為に…?」


 その問いに、セスが答える事は無かった。


「……それはまた、ゼオールに着いてから話そう。では、これで失礼する。もう暫くここでゆっくりと休んでいてくれ。くれぐれも、騒ぎは起こさぬ様頼むぞ。」


 そう言ってセスは笠原のいる船室かを出た。


「お前達、見張りの方は頼んだぞ。」


 扉の前の兵士二人に軽く声をかけ、彼はその場から姿を消して行った。




 *2*



 どれくらいの時間が経っただろうか、船室の小窓から見えていた青空がすっかり星空に変わっている。


 笠原は六畳ほどの広さの船室で、そこに設備されているベッドに横になっていた。


 船室にはベッドにテーブル、綺麗な淡いブルーの瓶に入った水と少し乾いて硬くなったパンの様な食べ物が備え付けてあった。


 また、部屋の隅には小さな扉があり、どうもそれはトイレの様であった。


 船室は思いの外居心地も良く、ベッド横になりながらパンの様な食べ物を口にしていると、まるで自分が囚われの身だと言う事を忘れてしまいそうな程である。


「とりあえず、俺はまだ生きてる……いや、生かされてるのかな…。ゼオールって言う街に着いたら、縛り上げられて拷問とか……。」


 笠原は一瞬、自分の置かれた身を忘れてしまいかけていたが、要らぬ事を考えて背筋にツンとした痛みを覚えた。


「そう…だよね、普通。俺は奴隷か捕虜とかにされるのかな…。」


 笠原の不安が増して一人歩きする中、何処と無く部屋の外がだんだんと慌ただしくなって来た様に感じ、兵士の足音が木の床を伝って笠原のいる船室にも響き渡って来た。


「なんだろう…騒がしいな…」


 部屋の外の様子が気になったので、笠原は扉に耳を当てようとしたその時、ドンドンと言う力強いノック音が耳元の扉に響いた。


「おい、お前。起きているか?じきにゼオールへ到着する。準備しておけ、いいな?」


 それは扉の前にいる兵士の声で、先ほどのセスとは違い命令口調で威圧感を持った声だった。


「あ…起きてます。わかりました。」


 軽く返事をして暫くベッドの上に腰をかけ、淡いブルーの瓶に入った水を一口飲む。


 すると暫くして、船が軋む音を響かせながら大きく旋回し始め、一瞬だけだがその小窓からいくつもの火が灯った巨大な城壁が垣間見えた。


「あ…あれが、帝都ゼオール…。」


 船は旋回を()めたのち、だんだんと速度を落として行き最終的に動きを止めた。


 そうして笠原は、セス一行の戦艦隊と共に星空をかき消す様な火を灯した真夜中のゼオール港に帰還したのであった。


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