三十六話 剣に宿る白銀の魂
*1*
第三護衛の一同は波打ち際の岩礁帯に上陸し、そこから島の中腹へと向かう為に列を成して藻の生え荒れた岩の上を進む。
時折、先頭にいるリリィが後方を確認しつつカサハラに対し足元への注意を促していた。
「カサハラ、大丈夫?そこ、滑るから気をつけてね。」
無論、笠原は自分の世界でもこうした磯場での釣りも良くしている為、磯の歩き方や危険な箇所などの知識は多岐にわたる経験と共に頭と身体に染み付いている。むしろ、こうした磯場は恐らく彼らよりも多く経験している。
「あぁ、大丈夫。ありがとう、リリィ。」
彼は軽く右手を上げ、リリィの心遣いに感謝しつつもプロの釣り師としてのプライドがほんの僅か心の奥で疼いた。
しばらくその磯を歩いていると、隊列の二番手にいるセランが足を止め、辺りを見回した。
それに気付いたリリィも、その場に足を止め何かを探しているかの様な様子のセランに声をかける。
「セラン?どうかした…?」
セランはその場で俯き、少し間を置いて静かに口を開いた。
「ここ…兄さん……スランにぃ…さんが…。」
そう、それは彼らのいるこの場所がスランの最後を告げた場所なのであった。
セランは拳を固く握り締め、小さく肩を震わせた。
その場にいるリリィやトルザ、そして笠原もそんなセランの様子に胸をきつく締め付けられる思いでいた。
セランは兄スランの亡骸を探している様であったが、藻の生えた岩場からするに、この場所であれば潮の高い時に強い波が打ち付けるはずなので、恐らく命を落とした後波にさらわれたのだろうと予想がつく。
出来ることなら、もう一度兄のスランに会いたかった……例え彼が死んでいても。
そうセランは心で兄を想い、大粒の涙が頬を伝った。
リリィはセランの肩に優しく手を添え、そしてきつく抱き締めた。
「セラン……あなたの兄さんは素晴らしい人だった。ミレナスを、そしてあなたを守る為に最後まで闘ったの。私はそんなスランの事を誇りに思うわ。」
セランは一度コクリと頷き、リリィの掛けてくれた言葉に対して笑顔を見せ、涙を拭った。
「ありがとう……リリ…もう、だいじょぶ…。」
リリィもそんなセランの姿を見て、安心した様に優しく笑顔を見せては彼の肩を軽く叩いた。
すると、少し後方を歩いていたトルザが何かを見つけた様で声を上げている。
「おーい!ほら、その向こうの岩の隙間…あれ見えるか?なんかキラキラ光ってるやつ!」
一同はトルザの声が示す方の大きな岩と岩の間をみると、そこには僅かだが陽の光を反射するキラリと光るものがあった。
「あれは……何かしら?」
リリィはその岩の間に光る物が何なのかを確かめる為に、ゆっくりと近づく。
「これって……。」
何かを見つけた彼女は、その光る物を拾う為に岩と岩の隙間に身を細めながら手を伸ばした。
リリィはそれを掴み取るとそのまま無言で振り返り、その手には白銀に輝く一本の剣が握られていた。
「これは……スランの剣…。」
そう、それは正しく亡きスランの剣であったのだ。
鋼魚から精製されたミレナスの剣はいくら雨風にさらされていても決して錆びる事なく、持ち主が去ってしまった今も尚白銀の鋭い輝きを放っていた。
それはまるで亡き者の魂が宿っているかの様に。
リリィはその亡きスランの剣を持ちつつ、荒れた岩場を駆け足で通りセランの元へ向かった。
「これ、スランの剣よね……。」
そう言って彼女はその剣をセランへ手渡した。
「…うん……にぃ…さんのだ…。」
何故、あの様な岩の隙間にこの剣があったのかそれは分からないが、それはきっと兄の残した最後の想いをセランに届ける為に、強い日差しに照らされ、また荒波に晒されながらも彼の訪れを静かに岩の隙間で待っていたかの様に思えた。
「にぃ…さん。俺…ちゃんと…生き…てる。だから…だいじょ….だよ。」
セランは兄の遺した剣を力強く握り締め、兄の分までしっかりと生きて行き、そしてミレナスの民を命を賭けて守ると誓った。
*2*
虚しくもスランの亡骸は見つけられなかったが、その代わりとなる彼の剣だけが見つかった事で、セランの心は深い悲しみから解き放たれたかの様に穏やかな気持ちになった。
また、それはセランだけでは無くここにいる皆の心もそれと同様にである。
しかしこの任務はこれで終わった訳ではなく、正に今回の惨劇の発端である消息を絶った少年ペギーの足取りを捜索する事が最も重要な任務であった。
そしてリリィは部隊の隊長らしく、この場の雰囲気と気持ちを切り替える様に今後の任務を皆に伝えた。
「それじゃあ、みんないい?これからはペギーの足取りや何かしら残された痕跡が無いかの捜索をするわ。この島は広いから、とりあえず二手に分かれて調べましょう。」
一同はお互いの顔を見合わせ、皆同じ様に無言で意思を伝えあった。
「じゃあ、トルザとセランはここを基点に西側をお願い。私はカサハラと一緒に東側を調べるわ。あ、そうだ。カサハラは捜索のついでに資源釣りもして欲しいから、よろしくね。」
リリィの言葉に、笠原もやっと自分に課せられた大事な任務をこなせると言う責任感、そして自分の存在意義が示せる安堵感の両方を感じられ、少しばかり気分の高揚を覚えた。
「あぁ、もちろん。俺は資源釣り師だからね。仕事は妥協せずしっかりこなしてみせるよ。」
その様子にリリィやトルザ達も笠原に対して信頼の眼差しで応えた。
「それじゃあ二人とも、何か見つけたらこの笛で合図して。私も何かあったら合図するから、その時は一度ここに戻って。」
リリィは腰に下げた小袋から動物の骨で出来た象牙色の小笛を取り出し、それを一つセランに手渡した。
「じゃあ、二人とも気をつけてね。またここで会いましょう。」
そうして第三護衛部隊の四人は、東西に二手に分かれ消えたペギーの足取りを追う任務を開始するのであった。




