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三十五話 漆黒の翼、舞う

 *1*


 ミレナスを発った第三護衛部隊の一行は、程なくして目的地の孤島へ辿り着いた。


 普段ならば、シドラ船でおおよそ半日ほどかかる距離にある孤島なのだが、二頭のシドラによる牽引のお陰で僅か数時間程で辿り着くことが出来た。


 そしてリリィ達は、スランが殺され、そしてペギーが消えた巨大な岸壁がそびえ立つ孤島へ上陸したのだ。



 ーーその数十分ほど前の、ミレナス領海。ポツンと浮かぶ一隻のゼオール兵を乗せた小舟。


 小舟には艶めいたブルーの帆が覆いかぶさり、その隙間からは単眼鏡がスッと伸びていた。


 単眼鏡を覗き込み、数キロ先にある孤島周辺の海域をゆっくりと見渡す。


「まだこれと言った動きは…無いな。」


 海図に示された所定の位置に停泊したゼオール兵の小舟は、既に丸一日と半日ほど偵察任務をこなしていた。


 ある者は単眼鏡を覗き込み続け、他の者はその間帆が掛かった薄暗い船内で身体を休めている。


「どれ、そろそろ交代するか?俺も何もしないでここに居るのは流石に飽きて…。」


 身体を休めていた他の兵がそう言った時、単眼鏡を覗き込んでいる若い兵がピクリと動き、さらに遠くを見る様にスッと単眼鏡を伸ばした。


「お、おい?どうした?何かあったか?」


 そして何かを見つけた様に、単眼鏡を覗いていたゼオール兵が声を上げた。


「あれは……おい!ミレナスのシドラ船だ!」


 その声に反応した他のゼオール兵は、そのシドラ船に目標の人物が乗っているかの確認を促す。


「確かこの情報だと……ミレナスの民服(みんふく)の上に見慣れぬ可笑しな胴衣を着用している資源釣り師…だな。えっと……いた、あいつだ!あいつに間違い無い!」


 すると単眼鏡を覗いていた兵が他の兵に確認を取らせる様に、単眼鏡を譲って見せた。


「ああ、きっとあいつだな…。それに、あの大剣を背負った大男は、第三護衛部隊のトルザって奴だ。セス様が仰っていた通り、第三護衛部隊の資源釣り師で間違い無いだろう。」


 そうして小舟に潜んで監視行動をしていたゼオール兵は、小さな紙に手早くその孤島の座標などを記し、クルッと丸めて伝達係の鷹の脚に括り付けた。


「さぁ、セス様の所へ急いで行くんだ。頼んだぞ。」


 するとその鷹は大きく羽ばたき、一度だけ孤島の上を旋回したあと、離れた位置で待機しているセスの戦艦へと進路を変え飛び去っていった。



 *2*


 大空を優雅に羽ばたく鷹は、リリィ達のいる孤島から北寄りの進路を取って飛んでいた。


 鷹は眼下に広がる大海原を見下ろし、セスのいる戦艦を見つけるやいなや、一度甲高い声を上げたのち身体を(ひるがえ)し戦艦の甲板目掛けて急降下する。


 それに合わせるかの様に、鷹の声を聞いたセスは頭上に右腕を掲げ、間も無く鷹はセスの腕に降り立った。


「ご苦労だったな……。よし、主人の元へ戻りなさい。」


 セスは鷹の脚に括り付けられた細い紐を解き、伝令書を受け取るとひとつまみの生肉を鷹に与え主人の元へ還した。


 鷹は更に一度だけ甲高く声を上げ、大空へと羽ばたいて消えて行った。


 セスは受け取った伝令書を開き、さらりと目を通すとすぐに小さく四つ折りにして傍にいた兵士にそれを渡す。


「やはりあの孤島か……。皆の者ここに集まってくれ。」


 既に目星はついていたかの様に、セスはその一言だけ呟いて戦艦にいるゼオール兵達を船首の甲板へと集めた。


「それではこれより、私は南西の位置にある孤島へ向かう。無論、私一人でだ。従って皆の者は私が戻って来たらすぐにこの場を発てる様、しっかりと準備をしておいてくれ。よいな?」


 一人で行くと言うセスの言葉に、ゼオール兵一同は僅かに困惑の意を露わにした。だが、先の作戦会議にてその諸々は心得ていたので、一間(ひとま)あけて兵達は背筋を伸ばし、その場で敬礼をした。


「よし…では、宜しく頼んだぞ、皆の者。」


 そう言ってセスは足早に船尾へと向かい、黒塗りの鉄柵の檻を解錠する。


 ガヂャリ、ガヂャリと鈍い金属音を響かせ、開かれた檻の扉から漆黒の飛竜ヒドラが身を屈めながらゆっくりと甲板に出て来た。


「長い間、この様な狭き檻の中に閉じ込めてしまい、済まなかったな。さぁ、これからは思う存分その翼を広げるがいい。」


 その言葉の後に、ヒドラは天に向け轟々とした雄叫びを上げ、その漆黒の翼を勢い良く左右に伸ばし広げた。


 そしてセスは側近の兵から、(まこと)しやかに美しい装飾があしらわれた二本の長剣を受け取ると、それを両方の腰へ携える。


 その剣の(つか)を撫でる様に触れ、一度静かに目を瞑る。


「まさかもう一度、この剣を握る事になるとはな……時は争いを避けてはくれぬか……。」


 いつの世も、たとえ国が繁栄し豊かになろうとも、争いだけは決して無くなる事は無い。


 そうした現実に、セスは心の何処かで僅かだが希望を見出していた。


「異世界からやって来た男………もしかしたら、彼なら…。」


 そう言葉を切りセスはヒドラの頬を撫でた後、手綱を伝いスルリと背中に乗った。


「さあ…行くぞ。」


 ヒドラの背中に乗った彼が手綱を軽く手前に引き、掛け声と共にヒドラが雄叫びを上げ大空へと羽ばたいて行く。


 そしてヒドラとセスはあっという間に天高く舞い上がり、南西の方向にある孤島へと進路を取り彼方へと消えて行った。

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